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思い出の南極



『(6)観測隊の構成』
 観測隊員は、その主な仕事から、大きく観測担当(気象、電離層、雪氷、地学、生物などが専門)と、設営担当(建設、機械、発電、車両、医療、通信、調理などのプロ)に分けられる。隊員は国の機関(気象庁、海上保安庁、電波研究所(現情報通信研究機構)、工技院(現産業技術総合研究所)、各大学、極地研究所など)や民間企業(日立、いすゞ、小松製作所、大原鉄工所、東条会館、日本食品など)から派遣されていたが、隊員は全員が国家公務員の身分となる。
 12月には昭和基地に上陸し、1月末まで越冬準備と大規模な建設作業に参加する。この間、夏隊などの一部は大陸などの調査地点で作業に従事する。
 24次隊では、前年の夏に作られたコンクリート基礎の上に鉄骨をくみ上げて発電棟を建設するのが最大のミッションだった。その間にも、各自の引き継ぎと、新たな作業の立ち上げが同時に進められた。
 観測部門のチーフは、名古屋大の岩坂先生で、レーザーレーダー(ライダーと略す)によるエアロゾル(大気微粒子)の研究をされ、気象学会などでは顔なじみの先輩だった。ライダーは、上空にレーザー光のパルスを発射し、大気中の分子や粒子(エアロゾルや氷雪雲粒)から散乱してくる光パルスを好感度の光センサー(光電子増倍・フォトマルという)で受けるもので、日本は国際的にも先進国だった。
 尊敬する先輩たちと一緒に越冬できることは、私が南極に志願した大きな理由のひとつである。当初、南極に一年もいると世界の学問から取り残されるのではないかと、不安があった。しかし、先輩たちと身近に接することができたことは、何ものにも代えがたい宝ものだった。さらに、一周遅れと思っていたが、実は世界の最先端にいたことが後でわかる。
 観測棟にはライダーと赤外分光装置が設置され、私は毎日、研究のことや様々なことを学べたし、雑用を離れ、一緒にお茶を飲みながらのおしゃべりは楽しい至福の時間だった。

 

1983年の基地風景、手前から情報管理棟と観測棟(青)、奥に発電棟(赤)や居住棟が見える。情報管理棟内のミニコンと可視分光観測担当の芝崎隊員。



次回につづく

No.1『南極観測隊員になったワケ』
No.2『晴海埠頭を出発』
No.3『航海・オーストラリア西海岸へ』
No.4『氷海の中へ』





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