表紙

平野寅次郎のYR散歩



 

 2021年1月から新企画「文京の坂 113坂を登ろう!」がスタートです。これは東京都文京区にあるウォーキングステーション「さんぽみち総合研究所(株)」が2017年8月に作製したアプリを使って「文京の坂113坂」を歩き、ブロック毎に日本市民スポーツ連盟がYRとしてIVVの距離・回数を認定する「新企画」です。ブロックは@湯島、A水道橋、B本郷、C白山、D駒込、E大塚、F小石川、G小日向、H目白台に分かれています。9ブロックを踏破すると86kmになります。詳しくはHPをご覧ください。
 アプリを操作し、どのブロック、どの坂から歩きだしてもよい「いつでも、どこからでも」のYRコースです。ウォーキングステーションでの受付はありません。アプリの「地図画面」で現在地(青点)と周辺の坂が表示され、近づいたら「坂選択」をすると「詳細表示」で「坂の由来」、「坂の写真」、「開始地点までとあと、○m」が表示されます。「坂選択」した後でも「地図表示」の緑色「詳細表示」を押すと、開始地点の距離と現在地からの距離が確認できます。
 「開始地点まで、あと0m」になったら、緑色に変わった「開始」を押すと「計測中画面」になりスタートです。「終了地点」が来ると「ブルブルの音でお知らせ」がありますので、緑色の「終了」と「OK」を押すと、「スタンプ帳画面に済の赤印」が押され、「あなたの113坂の踏破数や順位の記録」が表示されます。坂の場所を知っていれば「坂選択」から「開始地点までの距離」を見て歩くことも出来ます。
 ブロック内の坂の済印が揃うとブロックの踏破です。「さんぽみち総合研究所」で200円を払うと相当のIVVがもらえます。
 「文京の坂113」のためにスマホデビューをした平野寅次郎、慣れないスマホ操作でしたが、開始地点まであと、○m、終了地点まであと、○mと表示され、数字が減るごとに、わくわく・ドキドキしました。スマホ初心者やウォーキング初心者でも楽しめます。今までウォーキングに関心を示さなかった妻も始めましたが、「運動になる。済の赤印がもらえるとうれしい。順位が出るのは励みになる」と、はまったようです。是非、坂の周辺の建物・史跡・風景を眺めて、「歩きスマホ」はやめて、安全なマイペースのYRウォ−クを楽しんでください。ほとんどの坂には文京区教育委員会の説明板があり、略原文を掲載します。
 遅ればせながら「平野寅次郎」(本名は平野武宏)とは、全国のウォーキング大会(2006年全国47都道府県ウォーキング大会を完歩)を歩いていた頃に妻の友人から[映画「男はつらいよ」の寅さんと同じだ]といわれ、「平野寅次郎」と命名され、ウォーキングの紀行文を書く際の「ペンネーム」としました。
 まずは@湯島ブロックの19坂から歩きます。距離は11kmで一気に歩きましたが、19坂あるので2回に分けてレポートします。最寄駅は開始地点の近くの代表例です。写真は以前の訪問時に撮影したものも使用しています。

『文京の坂113 @湯島ブロック−1』
 

 [1.相生坂(あいおいざか)] 延長303m、高低差8m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 駅から左側を歩き「聖橋」を渡って左の階段を下ります。そこは「相生坂」ですが、開始地点は坂下なので左折します。開始地点は「史跡 湯島聖堂」(江戸幕府直轄の昌平坂学問所)(写真下左)前です。「聖堂」(ニコライ堂と湯島聖堂の二つの聖堂を結ぶ橋として名づけられた)をくぐり(写真下右)、終了地点は「東京医科歯科大学」前です。現在の「外堀通り」の一部に位置します。

 

 説明板には[神田川対岸の駿河台の「淡路坂」と並ぶので「相生坂」と呼ばれた。湯島聖堂の再建で道が入り組み、後年、「昌平坂」と呼ばれるようになった。「昌平」とは「湯島聖堂」に祀られている孔子の生誕地の「昌平郷」に因んで名づけられた。]と記載。説明板の坂名は(昌平坂)が併記されていました。
 

 [2.昌平坂(しょうへいざか)] 延長99m、高低差6m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 開始地点は「湯島聖堂」前(「相生坂」の開始地点)です。すぐ左折し、「湯島聖堂」の脇を歩く「千代田区」と「文京区」の境界線上にある坂です。「昌平」の名は孔子が生まれた「魯国昌平郷」(現在の中国山東省曲阜県の東南)が由来です。説明板には[湯島聖堂と東京医科歯科大学一帯は、聖堂を中心に江戸時代の儒学の本山というべき「昌平坂学問所」の敷地であった。そこで学問所周辺の三つの坂をひとしく「昌平坂」と呼んだ。]と記載。
 写真下左は坂上の終了地点を臨み、写真下右は終了地点から坂下を振り返りました。右側は「湯島聖堂」の塀です。

 

 [3.湯島坂(ゆしまざか)] 延長268m、高低差10m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「昌平坂」は「湯島坂」に合流しますが、右折して坂下の開始地点に行き、また坂を上ります(写真下左)。左側は「湯島聖堂」の塀、右側は「神田神社(江戸の総鎮守の神田明神)」(写真下右)で、終了地点は「湯島聖堂前」交差点です。「湯島」とは江戸時代以前、海から見えるこの地があたかも島のように見えたことから呼ばれたとのこと。「湯島」にある坂なので、その名がついたようです。また、「神田明神」に因み「明神坂」の別名もあります。

 

 [4.樹木谷坂(じゅもくだにざか)] 延長92m、高低差5m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「湯島聖堂前」交差点を右折して、「神田神社」脇を下りて「蔵前橋通り」に出て左折、電柱の「湯島1-7」表示が開始地点(写真下左)です。左折し、「東京ガーデンパレス」の脇が終了地点で正面は「東京医科歯科大学附属病院」です。写真下右は終了地点を臨みます。

 

 説明板には[湯島1-7と10の間。徳川家康が江戸入府した当時は、この坂下一帯の谷は、樹木が繁茂していた。その樹木谷に通ずる坂というので、「樹木谷坂」の名が生まれた。「地獄谷坂」と呼ばれたのは、その音の訛りである。]と記載。
 

 [5.妻恋坂(つまこいざか)] 延長192m、高低差12m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「樹木谷坂」を下りて「蔵前橋通り」に戻ると、そこは「新妻恋坂」の途中です。「妻恋阪」交差点まで下り、少し左にある細い坂道が開始地点(写真下左)です。終了地点は若いカップルが入ったホテルに並ぶ「妻戀神社」(写真下右)脇です。「戀」という字は「糸しい、糸しいと言う心」と書き、気に入りました。

 

 説明板には[大超坂・大潮坂・大長坂・大帳坂と別名を多く持つ坂である。妻恋神社の前なる坂で「妻恋坂」と呼ばれるようになったのは、坂の南側にあった霊山寺(開山 大超和尚)が明暦の大火(1657年)後、浅草に移り、坂の北側に「妻恋神社(妻恋稲荷)」が旧湯島1丁目辺りから移ってきてからであろう。]と記載。「妻恋神社」はその昔、「日本武尊」が東征の折、この地へ来て稲荷神を祀ったことが起源で、また日本武尊は房総の海に身を投げ、海を鎮めた妃の「弟橘媛命」を祀ったとのこと。江戸時代には関東総司の稲荷社に位置づけられた。]と記載。
 

 [6.新妻恋坂(しんつまこいざか)] 延長530m、高低差17m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 大正12年(1923年)の関東大震災後の都市計画により生まれた坂で「妻恋阪」と並行していることからついた名前です。「妻恋坂」より道の幅員も広く、道路の機能も高く、交通量も多い坂です。写真下左は坂の始まり付近で、写真下右は終了地点を臨みます。現在の「蔵前橋通り」の一部に位置します。

 

 [7.清水坂(しみずざか)] 延長121m、高低差10m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「新妻恋坂」の途中にある「清水坂下」交差点が開始地点(写真下左)で右へ上がります。写真下右は坂の終了地点から振り返りました。
 説明板には[湯島2丁目と1丁目と3丁目1の間。江戸時代、このあたりに、霊山寺がありましたが、明暦の大火で焼失、寺は浅草へ移転した。明治になり土地は清水精機株式会社の所有になり、町の人達が清水家の徳を称え「清水坂」と名づけたとのこと。]と記載。「清水坂下」交差点は「蔵前橋通り」にあり、左へ行けば「神田神社(神田明神)」や「湯島聖堂」です。

 

 [8.横見坂(よこみざか)] 延長117m、高低差8m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「清水坂下」交差点の先、右側が開始地点です。「新妻恋阪」(蔵前橋通り)を挟んで左側は「樹木谷坂」です。写真下左は右に上がる坂の入口、写真下右は終了地点から振り返りました。

 

 説明板には[「横根坂」とも呼ばれ、かって、この一帯は樹木谷と言われ、樹木が茂っていた。この谷から湯島台に上る坂の左手に富士山が眺められた。町の古老は西横に富士山がよく見え、この坂を登る時、富士を横見するところから、誰いうことなく「横見坂」と名づけられたという。ここには明治30年頃、島崎藤村が住み、ここから信州へ移った。作品の「春」にもこの辺りの町が書かれている。]と記載。現在は写真上のようにビルの谷間です。
 

 [9.立爪坂(たてづめざか)] 延長64m、高低差4m 最寄駅 JR御茶ノ水駅聖橋口

 「妻恋阪」の途中にある坂で、アプリの坂説明では「つま先を立てて上る坂という意味の「立爪坂」で、つま先が上がった状態になるほどの急な坂」とあり恐る恐る、開始地点(写真下左)へ行きましたが、短い階段と途中は平地でひと安心です。写真下右は途中の平地から終了地点を臨みます。

 

 これにて@湯島ブロックー1の19坂のうち9坂を踏破です。残りの10坂は@湯島ブロックー2をご覧ください。
 

 [スマホデビューの平野寅次郎が学んだ教訓]
 

・「地図画面」での現在地(青点)は優れものです。行きたい坂のすぐ近くまで「青点」を頼りに進み、坂下で「詳細表示」にします。手前に道がある場合に早く画面を変えてしまい、手前の道を曲がり、開始地点まで苦労しました。次の坂の位置も確認できます。坂上から次に行く場合もありますので。  

・画面表示の「あと、○mは」数字が減るのが基本です。増える場合は前後左右に動いてみて正しい方向(減る方向)を確認してください。身体の少しの動きで数字が変わる場合もあります。  

・「計測中画面」が途中で消えてしまった場合は開始地点から計測のやり直しですので、スマホの取り扱いには気をつけてください。  

・せっかく踏破しても緑色の「終了」と「OK」の両方を押さないと踏破の記録がされません。「坂一覧」には記録した坂は済が表示されますので確認をしてください。スマホの操作は立ち止まって安全を確保して行ってください。


 

平野寅次郎 拝






 

 アプリを使ったYR「文京の坂 113坂を登ろう!」です。@湯島ブロック19坂の残りの10坂をレポートします。アプリの操作については、「@湯島ブロックー1」をご覧ください。最寄駅は開始地点近くの代表例です。写真は以前の訪問時に撮影したものも使用しています。

『文京の坂113 @湯島ブロック−2』
 

 [10.三組坂(みくみざか)] 延長224m、高低差17m 最寄駅 千代田線湯島駅

 湯島ブロックー1でレポートした9.「立爪坂」の近くが開始地点です。写真下左は開始地点からの坂上で、写真下右は終了地点からの振り返りです。

 

 説明板には[元和2年(1616年)徳川家康が駿府で亡くなり、家康お付きの中間・小人・駕籠方の「三組」の者は江戸へと召し返され、当地に屋敷を賜った。駿府から帰ったので、この辺りを駿河町と呼んだが、その後、元禄9年(1696年)三組の御家人拝領の地である由来を大切にして、町名を「三組町」と改めた。この町内の坂なので「三組坂」と名づけられた。昭和40年(1965年)以降、湯島3丁目となっている。]と記載。
 

 [11.ガイ坂(がいざか)] 延長65m、高低差4m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「三組坂」の開始地点に戻ると、そこが「ガイ坂」の「終了地点」です。坂下の開始地点(写真下左)の角は「日本薬科大学お茶ノ水キャンパス」の建物で、終了地点(写真下右)の左側にも「日本薬科大学お茶ノ水キャンパス」の建物があります。

 

 ガイ(芥)を捨てる場所にある坂なので、坂名も「ガイ坂」とのこと。江戸時代は簡単なゴミ捨て場を作り、ガイ(芥)を荷車で河岸まで運び、舟で埋め立て地へ捨てたとのことで、その費用は町内で担っていたそうです。
 

 [12.実盛坂(さねもりざか)] 延長27m、高低差11m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「ガイ坂」の開始地点に戻り、進むと左の階段が「実盛坂」の終了地点(写真下左)です。階段上の開始地点からは、かなりの急阪(写真下右)です。

 

 説明板には[湯島3丁目20と21の間。実盛とは「長井斎藤別当実盛」のことで、長井庄(現在の埼玉県大里町妻沼町)を構え、平家方に味方した。寿永2年(1183年)源氏の木曾義仲と加賀の国篠原(現在の石川県加賀市)の合戦で勇ましく戦い、討たれた。この坂下の南側に実盛塚や首洗い井戸があったという伝説めいた話が江戸時代の書物にあり、坂の名がついた。]と記載。
 

 [13.中坂(なかざか)] 延長178m、高低差14m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「実盛坂」の開始地点に戻り、左に進むと、「中坂」の開始地点(写真下左)です。写真下右は終了地点からの振り返りです。

 

 説明板には[湯島3-19と21の間。江戸時代に「妻恋阪」と「天神石坂」の中間に新しい坂ができると、「中坂」と名づけました。「仲坂」とも呼ばれます。]と記載。説明板の坂名には(仲坂)が併記されていました。
 

 [14.天神石坂(てんじんいしざか)] 延長20m、高低差8m 最寄駅 千代田線湯島駅

 学問の神様 菅原道真を祀る「湯島天満宮(湯島天神)」下の石段が開始地点(写真下左)です。手前右には「江戸名水 美髪・厄除の柳の井」(写真下右)があります。寅次郎、「もっと若い頃に来ていれば、ご利益があったのに!」と残念がりました。「柳の井」は写真右の左側の白い壁の前にあります。

 

 坂の説明板には[38段の石段坂。別名は「天神男坂」。すぐわきにある、緩やかな坂「女坂」に対して「男坂」という。江戸時代の書物には「湯島神社」天神参拝のための坂であったが、その後、本郷から上野広小路に抜ける通り道になったという。」と記載。説明板の坂名は(天神男坂)が併記されていました。
 

 [15.天神女坂(てんじんおんなざか)] 延長49m、高低差7m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「天神石坂(男坂)」の終了地点は「天神女坂」の終了地点と同じです。左側には「講談高座発祥の地」の碑があります。「天神女坂」を下りた所が開始地点(写真下左)です。写真下右は終了地点から振り返りました。江戸時代に「男坂」より緩やかなので「女坂」と名付けられました。これは江戸時代の話、現代の男女の力関係ではいかがですかね?

 

 [16.天神夫婦坂(てんじんめおとざか)] 延長26m、高低差3m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「湯島天満宮」の境内に入ると右側にあるのが「天神夫婦坂」の終了地点です。ここを下りて坂下の開始地点に行くか、「女坂」を下りて、「春日通り」に出るか、二つの行き方があります。写真下左は「春日通り」に面した開始地点、写真下右は終了地点からの振り返りです。「男坂」と「女坂」の中間にある傾斜なので「夫婦坂」と名づけられました。「湯島天満宮(湯島天神)」の本殿裏にあたります。「湯島天満宮(湯島天神)」は梅の名所で「湯島の白梅」で有名です。境内には「銅製の鳥居」や「奇縁氷人石」(江戸時代の迷子探しの伝言板)、「講談高座発祥の地」の碑等があります。富くじや講談が開催されて賑わいました。受験生たちの願いが多く吊るされていて「学問の神様」はお忙しいそうですが「文京の坂113」全踏破祈願もお願いして、次の坂へ向かいましょう。

 

 [17.切通坂(きりどおしざか)] 延長245m、高低差11m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「天神夫婦坂」を下りて、左折して進むと、「春日通り」の湯島3丁目と4丁目の間が「切通坂」です。写真下左は開始地点、写真下右は終了地点からの振り返りです。

 

 説明板には「湯島の台地から、御徒町方面への交通の便を考え、新しく切り開いてできた坂なので、その名がある。初めは急な石ころ道だったが、明治37年(1904年)電車が開通して緩やかになった。本郷3丁目交差点近くの床屋の2階に間借りしていた石川啄木が朝日新聞社の夜勤の帰りに通った坂。」と記載。
 

 [18.無縁坂(むえんざか)] 延長177m、高低差8m 最寄駅 千代田線湯島駅

 「切通坂」の終了地点に着いたら、「湯島天満宮」の大鳥居の前の「春日通り」を横断、右折して下ります。「日本市民スポーツ連盟」の事務所がある「湯島ハイタウンA棟」の先を左折、三菱の創立者岩崎彌太郎の長男で三菱3代社長の久彌の本邸として造られた「旧岩崎邸庭園」(写真下右)先が開始地点です。 「旧岩崎邸庭園」は有料(一般400円、65歳以上200円)ですが、ジョサイア・コンドル設計の洋館内部が見学できます。ジョサイル・コンドルは日本政府の招聘で英国から来日、工部大学校造家学科(現在の東京大学工学部建築学科)の初代教師に就任、日本で初めての本格的な西洋建築教育を行いました。門下には辰野金吾、片山東熊など近代日本を代表する建築家が数多くいます。

 

 説明板には[「御府内備考」に称仰院前道より本郷筋への往来の坂で往古 坂上にあった「無縁寺(現在の講安寺)」に因み「無縁坂」と命名とのこと。森鴎外の作品「雁」の主人公 岡田青年の散歩道ということで、多くの人々に親しまれた。]と記載。更に進むと「東京大学本郷キャンパス」です。
 

 [19.傘谷坂(からかさだにざか)] 延長139m、高低差2m 最寄駅 JR御茶ノ水駅御茶ノ水口

 「東京大学龍岡門」から「春日通り」に出て、横断、左折して、「湯島四丁目」から「サッカー通り」を下ると「サッカーミュージアム」(写真下左)があります。ここが開始地点で、また来た坂を戻ると、「サッカー通り」の途中が「傘谷坂」です。写真下右は終了地点から振り返りです。傘づくりの職人が多く住む窪地で傘谷から坂の名がついたとのこと。

 

 これにて@湯島ブロック19坂を踏破しました。19坂踏破のIVV認定距離は11kmです。
 

 「湯島天神」や「神田明神」については「平野寅次郎のYR散歩」のNo13、No14をご覧ください。
 リンクの出来る「湘南ふじさわWA」のHPひろばの[寅さん歩」71及び92では「神田祭」、「寅さん歩」121では湯島聖堂の孔子祭、「寅さん歩」330では「サッカーミュージアム」が掲載されていますので、合わせてご覧ください。


 

平野寅次郎 拝



No.1『湘南ふじさわウォーキング協会(FWA) 江の島コース12km』
No.2『JVA・JWA 九段・皇居コース 10km』
No.3『竹の湯コース10km』
No.4『靖国神社・迎賓館・清水谷公園・大使館・千鳥ヶ淵・北の丸公園 12km』
No.5『湯島天神と不忍池〜西郷どんコース 約5km』
No.6『小石川植物園・護国寺・小石川後楽園 13kmコース』
No.7『さんぽみち連絡 5km 東大コース』
No.8『神田明神・湯島天神・水天宮・日本橋コース 10km』
No.9『さんぽみち連絡 小石川後楽園コース 6km』
No.10『谷根千コース 5km』
No.11『第三玉の湯コース 10km』
No.12『東京スカイツリーコース Aコース 14km』
No.13『不忍池・西郷どん・神田明神・湯島天神  5km』
No.14『水天宮・日本橋・神田明神・湯島天神 コース 10km』
No.15『東京スカイツリーコース A-bコース 11km』
No.16『神楽坂―神宮外苑・国立競技場―外濠公園 20km』








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