表紙

宮下充正名誉会長のウォーキング日記


2019年度(2019年4月〜)

11.24 11.16 11.9 10.26 10.22 10.11 10.9 10.6
9.30 9.22 9.16 9.2 8.29 8.3 7.13 7.7
6.22 6.21 6.16 6.9 6.6 5.19 5.4 4.7


2018年度(2018年4月〜)

3.27 3.15 3.9 1.25 1.23 1.10A 1.10@ 1.1
12.20 11.25 11.17 11.10 10.27 10.21 10.19 10.13
10.5 10.1 9.28 9.22 9.18 9.15 9.13 9.8
9.4 9.1 7.1 6.23 5.20-26 5.11 4.13 4.7


2017年度(2017年4月〜)

3.23 3.17
3.10 2.25 2.17 2.16 2.15 1.13 1.2 1.1
12.22 12.9 11.18 11.9 11.5 11.3 11.1 10.22
12.22 12.9 11.18 11.9 11.5 11.3 11.1 10.22
9.28 9.27 9.24 9.21 9.18 9.17 9.16 9.9
9.2 9.1 8.31 7.23 7.16 7.12 7.10 6.30
6.25 6.8 6.6 5.12 5.8 4.15 4.9 4.5


2016年度(2016年4月〜)

3.18 2.16 2.11 1.25 1.23 1.2 1.1 12.09
12.01 11.30 11.27 11.19 11.16 11.11 10.29 10.20
10.14 10.10 9.19 9.17 9.16 9.10 9.6 9.3
8.20 7.14 7.12 7.10 7.6 6.26 6.24 6.4
6.3 5.30 5.22 5.21 4.24 4.16 4.10 4.6



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『2019・11・24 「葛西臨海公園」』
 第6回目となる「東京ノルディック・ウォークフェスタ」が、江戸川区にある葛西臨海公園で行われました。2日間雨が降り続き寒くなった晩秋の日曜日、2019年11月24日の朝は雨でした。両手にポールを持って歩くため、全身が濡れない雨具で身を固めて家を出ましたが、幸いにも開会式が行われた10時には雨が上がりました。
 遠くからも見られる高さ117m、直径111mの大観覧車が、シンボルとなる公園は平成元年にオープンし30年が経って、植林された木々はすっかり根づいていました。スタートして東京湾に面した人口の砂浜、野鳥ウォッチングセンター、水族館などがある園内を歩く5qのルートと、途中から荒川放水路沿いに遠回りする10qのルートが設定されていました。
 大観覧車の横を通って行くと反対側の“下水道水再生施設”の脇に、異様な建物がありました。家に帰って調べてみると、東京オリンピックのカヌー・スラローム会場で、終了後は水上スポーツ・レジャー施設として利用される予定だそうです。この大規模な公園の道は、これまで行われてきた“台場”と同じで平坦で舗装されています。歩行困難な人の参加が多いノルディック・ウォークには最適です。来年以降新しい施設が加わることから、一層楽しめる東京フェスタが期待されます。


     

       大勢の参加者全員で                  開会の挨拶            荒川放水路の土手を歩く




『2019・11・16 「ロシア人墓地」』
 第8回「道後湯けむり遍路道ツーデーウオーク」が、2019年11月16、17日に行われました。松山市道後温泉公園をスタートする、晩秋のノルディック・ウォークを中心としたウォーキング大会です。初日は雲一つない快晴で、改築中の道後温泉本館前を通り、山頭火が晩年を過ごした“一草庵”を訪れました。1939年「死ぬることは生まれることよりもむつかしいと、老来(おいらい)しみじみ感じ」と書き、翌年詠んだ「おちついて死ねそうな草枯るる」の石碑が建っていました。
 ここから坂を上り、日露戦争時に捕虜となったロシア人の墓を詣でました。松山の人たちが、親切に扱ったくれたことを大変感謝していたそうです。第二次世界戦争後シベリアに抑留された日本人捕虜の扱いとは、天と地の違いです。時代の違いなのか、民族性によるものなのか、わかりません。
 2日目も秋晴れで、6つの札所を巡る20qを歩きました。48番札所西林寺近くの公園には、弘法大師が杖を突き見つけたという湧水があります。たくさんの人たちが、水を汲みに来ていました。この“杖の淵”と呼ばれる遺跡をすぎ、10q地点では混ぜご飯の“おにぎり”と豚汁のご接待があり、美味しくいただきました。


     

改築中の道後温泉本館          ロシア兵士の墓            西林寺




『2019・11・9 「高所トレーニング國際シンポジウム」』
 長野県東御市で、2019年11月9,10日「高所トレーニング国際シンポジウム」が開催されました。22回目となるシンポジウムで、200名近い参加者があり盛大に行われました。陸上競技用トラックのある“湯の丸高原スポーツ交流施設”に、50m温水室内プールが加わった記念として行われたのです。国際シンポジウムですから、オーストラリアと中国の高所トレーニング研究者が、招待され外国人特別講演を行いました。私は「高所トレーニングのこれから」と題した特別講演を行いました。前半は5標高2300mのメキシコ市で高所トレーニングを始めてからの54年間の歴史を紹介し、後半はトレーニング効果に個人差が現れる背景について解説し今後の研究の望ましい方向を提案しました。
 わが国ではもっとも高い標高1750mに建造された室内プールは、日本水泳連盟の後押しがあって完成しました。しかし、国や県からの補助が得られず、東御市は企業や個人からの寄付を募るといった大変な努力をしたとのことです。初日の昼食後、プールの見学会が行われました。私は真新しいプールで泳いでみました。とても泳ぎやすいプールです。これからの半年間、日本の代表選手が十分に活用し、東京オリンピックで好成績を上げることが、このプール存続の将来を占うだろうと思われます。


     

   力泳中           ゴールして一息          高所トレーニングについて講演




『2019・10・26 「韓国国際ウォーキング・フェスティバル」』
 首都ソウルで開催された「韓国国際ウォーキング・フェスティバル」は、通算25回という節目を迎えました。日本、ロシア、台湾など外国からの参加者が増え、国際色が豊かになり盛り上がった大会となりました。2年後、この大会を「17回IVVオリンピアード」として開催されることが決まりましたので、それを祝って2019年10月26、27日参加しました。
 初日は気温7度と寒い朝でしたが快晴で、歩きやすい天候でした。スタート後新興住宅に沿った広い道路の歩道を歩き、中間点の鉢植えの木や花の市場まで行きます。菊の鉢が色とりどりに陳列されていました。暑くなったので上着を脱いで、帰路は大河漢江へそそぐ炭川沿いのサイクリングと並行する遊歩道を歩き、フィニッシュしました。久し振りに12qを歩き、歩数は2万歩を越えていました。
 2日目の朝は4度とさらに寒くなりましたが、昨日以上の雲一つない秋晴れでした。前日の川沿いの遊歩道を中心街へ向かって歩き、橋を渡って高さ300mを超えるというロッテタワーの建つ公園へ出ます。そこからは野菜市場、マンション、企業のビルが立ち並ぶ広い道を真直ぐフィニッシュまで歩きました。歩いた距離は11.5qで、やはり2万歩を超えすっかり疲れてしまいました。当日に金浦空港から帰京しました。
 予定されている市民スポーツ連盟関連の国際大会は下記の通りです。
 第5回アジアンピアード:ウラジオストック(ロシア)2020年7月4,5日
 第17回IVVオリンピアード:ソウル(韓国)2021年10月29〜11月2日


     

           ロッテタワー       植木・花市場の菊          河川敷の遊歩道          




『2019・10・22 「酸素濃度15.8%のプールで泳ぐ」』
 酸素濃度を標高0mから3000m相当に設定できるプールが、東京豊洲に完成しました。提案者として実感すべきだと思い、オープン前の2019年10月22日と24日に泳ぎました。前の週に、酸素濃度17.2%に設定したプールで泳ぎ慣れていたので、酸素濃度15.8%と20.9%に設定して、2度泳ぎました。泳ぎ方は、2分ごとに1回50mを泳ぐのを20回反復するというインターバル水泳です。ウォーミング・アップなして、最初の5回はひかえめの速さで泳ぎ、その後はなるべく一定のペースで泳ぎ、最後の5回はほぼ全力で泳ぎました。
 5回ずつをそれぞれ平均してみると、15.8%では52.4秒、49.6秒、49.2秒、49.0秒、20.9%では51.2秒、47.8秒、47.6秒、47.0秒と、ほぼ思い通り泳ぐことができました。このように、低地での酸素濃度20.9%の方が、50mにつき1〜2秒速く泳げました。動脈血酸素飽和度は、泳ぐ前は15.8%で91%、20.9%では96%で、泳ぎ始めると85%、90%へと低下し、心拍数は15回目には130拍/分にまで上がり、限界に近くなりました。
 83歳の老人の例ですが、低濃度酸素環境下でのトレーニングは、からだへより大きな負荷をかけることがわかりました。逆に見れば、継続していけばトレーニング効果が期待できるという結果でした。


   

    酸素濃度の表示(高所)      酸素濃度の表示(低地)

 

  測定結果  




『2019・10・11 「アシックス・スポーツコンプレックTOKYO BAY初体験」』
 空気に窒素ガスを混ぜて低濃度の酸素環境をつくり出し、人工的に高所トレーニングが可能な大規模トレーニング場が豊洲に完成しました。「アシックス・スポーツコンプレックTOKYO BAY」と名づけられたこの施設は、11月1日グランド・オープンです。その前に、自分で体験しておこうと2019年10月11日に出かけました。
 その前日に、ふだん泳いでいる25mプールで 50mを2分に1回クロールで泳ぐのを10回反復しました。最初はウォーミング・アップのつもりでゆっくり泳ぎ、調子が上がってくるにしたがって、しだいに速く泳ぎました。
 当日は、酸素濃度17%の環境に設定した25mプールで、前日と同じ意識で泳ぐようにしました。両日とも、毎回50mを泳ぐ時間を測り、5回ごとに心拍数、動脈血酸素飽和度を測りました。新しいプールでは測定して記録してくれる人がついてくれましたので、わたしは泳ぐのに専念でき、そして気持ちが乗っていたせいか、50mを泳ぐ時間は大幅に短縮しました。
 泳ぐ時間は、56秒から47秒へと短縮し、心拍数は91拍/分から120拍/分を越え、動脈血酸素飽和は安静時98%から80%近くまで下がりました。疲労感は酸素濃度21%と17%とでは違いがありませんでしたが、生理的には低酸素濃度の影響があったと思われます。近いうちに、同じプールで、酸素濃度15%と21%のときに測定して正確に比較するつもりです。その後、酸素濃度が平地と同じように設定された2階のフロアにあるトレーニングジムで、トレーニング・マシンの説明を受けました。
 世界で類をみないこの大規模施設が、日本のトップ・アスリートによって十分に活用され、「東京2020」でよい成績を残せるよう頑張って欲しいと願っています。


     

        水泳中                測定中             レッグプレス   




『2019・10・09 夢かなう「豊洲Dタワー竣工式」』
 「東京オリンピック2020」にむけて、高所トレーニングに代わる人工的に低濃度酸素環境となる大規模なトレーニング施設を東京に建設しようと、7年前に活動を始めました。(株)プラネット社の平松さんが奔走され、大和ハウス工業(株)が建造し、アシックス・スポーツコンプレックス(株)が運営することが決まりました。そして、“豊洲市場”の近くに完成し、「アシックス・スポーツコンプレックスTOKYOBAY」のオープン・セレモニーと内覧会が、2019年10月9日に行われました。橋本五輪担当大臣をはじめとして、東京オリンピックやポーツ団体の関係者がたくさん集まってくれました。
 私の念願であった50mと25mの温水プールが3階に、60mの走路やトレーニング・マシンが設置されたフロアが2階にあります。それぞれの場所は、標高2000mから3000mに相当する酸素濃度に調整できます。アメリカの高地でトレーニングして金メダルを獲得したマラソンの高橋尚子さんが、高所トレーニングが東京で体験できる施設は、いろいろなスポーツ選手にとって素晴らしいと挨拶しました。
1965年メキシコ市で水泳選手の高所トレーニングに関わってから55年後、日本にトレーニング場を造りたいという夢がかなって、ほっとした気分となりました。


   

    50mプール                 高橋尚子さんと   




『2019・10・06 「スパール開業20周年記念」』
 山形県が「県民の海・プール スパール」を開設してから20年が経過し、記念の式典と祝賀会が、2019年10月6日に行われました。25mの水泳プール、70mの円形流水プール、各種温浴施設、そして、トレーニング・マシンが設置されたトレーニング・ジムからなる広大な運動施設です。現在、指定管理者制度が導入され、「NPO法人健康づくりサポート東北21」が運営しています。
 市民は自由に利用できますが、このプールを利用して、成人と子どもむけの水泳教室、そして、中高年むけの水中ウォーキング教室が定期的に開催されています。その中に、水中ポール・ウォーキング教室が加えられることになりました。そこで、記念式典に先立ち、鶴岡市スポーツ課が主催して、水中ポール・ウォーキングの初心者指導が行われました。35名の申し込みがあり、プールを横に使い2組に分けて歩きました。ポールを持っていることで、水中を歩くといっても実にいろいろな動きができます。約60分間、陸上ではできないストレッチング・エクササイズ、ポールの突き方を変えてのウォーキングなどを指導しました。中高年齢の参加者にはちょうどよい運動だったようです。
 記念式典では、「すべての人に水中運動の楽しみを」と題して100名近い中高年の人たちへ講演しました。水中運動は脳での血液の流れをよくするので、認知症の進行を抑え、発症を先送りする可能性が高いことを強調しました。皆さん身近な関心の高い話題なので、熱心に聴いてくれました。


   

 初めてでもすぐに上手になります                講演会   





『2019・9・30 「歯科衛生学科・登院式」』
 「2年生に進級し、より専門的な学習内容を修め、夢の実現の一歩としての臨床実習に参加する許可を学校長から頂くことで、更に学習に対しての自覚を持つ」ことを目的とした「登院式」が、2019年9月30日に行われました。最近、むし歯に病む子どもが少なくなっていますが、高齢者の増加にともなって“口腔ケアでフレイル予防”と注意を喚起させる呼びかけが強まっています。歯の健康を護る「歯科衛生士」の需要が高まっているのです。ということで、首都医校に開講された 歯科医療学部歯科衛生学科に在籍する学生が増えています。
 今年は、3期生の「登院式」に、中間部11名、夜間部16名の学生が出席しました。皆さんおそろいのピンクが目立つ実習服を身につけ、厳かななかにも華やかな雰囲気でした。校長として、自分自身のすべての歯に被せ物をするという治療体験と、患者に接するときの望ましい態度について話しました。最後に「臨床実習登院」を許可するという宣言をしました。それを聞き終わって、学生たちは、それぞれ用意した「実習に向けての決意表明」を緊張した声で読み上げました。これから、しっかりと資格を身につけて、仕事を続けて欲しいと願っています。

    

      登院式          登院式の様子       やや疲れぎみです。





『2019・9・22 「みんなで歩こう!里山あるき」ついでに釣りも大いに堪能」』
 山形県鶴岡市で2年ぶりに、渓流釣りを楽しみました。庄内平野から温海温泉へ向かう山合いの道を行きます。大机川という幅7mぐらいの渓流で、以前にも釣ったところです。土手の上から竿を出すと、いきなり18pぐらいのヤマメが釣れてきました。幸先の良いことで、周辺で3匹釣り、さらに上へ移りました。熊出没の目撃情報があるところですが、2人連れなので深い山へ入りました。堰堤のある深みで25pを筆頭に、5匹収穫引き上げました。夕食にホテルで塩焼きにしてもらい、しばらく振りに美味しくいただくことができました。
 翌9月22日は「みんなで歩こう!里山あるき」に参加しました。事前申し込みが416名です。そのうち地元の人たちからのはたらきかけがあって、185名の小学生、中学生が8qに挑戦しました。子どもの参加が定着してきたのは、将来が楽しみで喜ばしいことです。また驚いたのは、251名の成人の内、九州から北海道までの山形県を除く30都道県からの参加者があったことです。大会開催が20回を超え、ローカルな大会から全国規模に成長したのです。
 主会場となった大山地区には日本酒の蔵元が3つあって、酒樽太鼓と称して幼い子どもたちに酒樽叩きを勧めています。恒例となっていて、おそろいの鉢巻きとユニホームの保育園児たち40名の合奏で、スタートを盛り上げてくれました。
 20qルートが先にスタートし、続いて、大山の蓮が一面に広がる上池・下池をまわる8qルートが出発です。坂道を上ったり下りたりで、合計13000歩、約2時間のウォーキングでした。フィニッシュして体育館の床に車座になって、だだじゃ豆入りのおにぎりと豚汁の昼食です。午後は、宿の湯野浜温泉近くの加茂漁港の堤防から、魚釣りを楽しみました。
 23日は、「羽黒山修験のみち」を歩きました。2日目も全国からの参加者がこれまでになく多い大会でした。羽黒山の山伏の“ほら貝”を合図に、国宝の五重塔を見て、2466段の石段を上ります。頂上にある“出羽三山神社”の“三神合祭殿”を詣でて、羽黒名物の“玉こんやく”のおもてなしで休憩です。
 今年は熊の出没が目立ち、注意を呼び掛けていました。また、スズメバチの攻撃名に、あわてず静かに対応するようにとの注意もありました。スポーツ課の職員、スポーツ推進員、「健康スポーツクラブ」会員が一体となって、きめ細かな計画の下に行われ、全国からのウォーカーも楽しんでいました。


      

         釣れたヤマメ          ヤマメの塩焼き        海で釣れた隊

          

          地元の熱い応援酒樽太鼓      里山あるき(上池)    出発合図のほら貝





『2019・9・16 「敬老の日」』
 江東区健康センターが主催する「12週間ウォーキング教室」は、平成元年の「敬老の日」からスタートしました。それから、「敬老の日」を初日とするウォーキング教室が開催されてきました。私は、教室の開始に当たって、毎年欠かさず約1時間の講話をしてきました。なぜ歩くのがよいのか、どのように歩くのが望ましいのか、歩くのに適したシューズ、ウエア、その他の携帯品はどんなものがよいのか、などが内容でした。この教室が令和の時代に入って終了することになりました。30年間の歴史に幕が閉じられたのです。ちょっと残念な気がしますが、これも時代の流れかと思っています。
 毎年の行事が無くなりましたので、今年の「敬老の日」は独りで歩くことにしました。私の住む文京区には、名前のつけられた坂が113あります。この道を歩こうという「文京113坂アプリ」が作成されています。「さんぽみち総合研究所」が開発したものです。歩いたり併せて坂道マップを作ったりという一連の活動に対して、文京区から景観づくり活動賞を授与されたそうです。
 家の近くの桜並木で有名な“播磨坂”を下り江戸時代から続く「こんにゃく閻魔」の門前から左に曲がって、「言問い通り」を東大に向かって歩きます。右側に“菊坂”を上る道があります。そのまま、真直ぐ歩きます。約30分が過ぎたので水分を補給して上り「本郷通り」を横切って、東大農学部の横の“弥生坂”下りて、右へ曲がり“暗闇坂”を通って、「不忍池」へ出て池の端を半周しました。上野公園入口前から、にぎやかな街中を歩き松坂屋デパートで終了。距離およそ5q、歩く時間は1時間5分でした。あいにくの雨でしたが、江戸時代に思いをはせながらのウォーキングでした。

      

初期の日誌            新しい日誌





『2019・9・2 「83回目の誕生日」』
 昨年の9月1日には、10年以上続くテニス仲間に夫婦一緒に招かれて、誕生日を祝ってもらいました。住友系の企業を退職した仲間の一人が、土曜日の昼時間帯に利用できる「住友クラブ」が会場です。新宿西口にある住友ビルの47階にあり、私が勤務する首都医校がある50階建てのコクーンタワーが目の前に見えるレストランです。
 今年は8月31日の土曜日に予約してもらって、誕生日を祝ってくれました。日時を決めたときは、一緒に参加する予定だった連れ合いは退院直後で欠席しました。
 誕生日祝いのケーキまでいただける、太刀魚の焼き物とステーキがメインの豪華な昼食会でした。出席した仲間が撮ってくれた写真を、「一人じゃ寂しいヨ!」という言葉と一緒に送ってもらいました。
 9月1日は、6人の孫の内5人が都合がよいというので、自宅で誕生日祝いをしてくれました。連れ合いも頸部を固定するカラーを取り外して、一緒に写真を撮ってもらいました。83歳になっても、誕生日を祝ってくれる人がいることをとてもうれしいと思いました。

      

 「一人じゃ寂しいよ!」来年は必ず共に!  孫たちとにぎやかに誕生会をしました





『2019・8・29 「一月に3回の入退院」』
 連れ合いは、2019年7月25日午前中に外出して直ぐに苦しくなり、近所の医院で診察を受けました。よほど悪かったのでしょうか、医師から明朝大きな病院へ行くようにと言われました。しかし、夜8時ごろ、作業療法士の孫が持っていた動脈血酸素飽和度測定器で測ったところ、酸素濃度が80%台でした。この値では、入院した方がよいと孫に勧められ、救急車を呼びました。救急車内で高濃度の酸素を吸入したところ、直ぐさま値は90%台へと回復しました。いくつかの大学病院へ問い合わせたところ、日本医科大学が引き受けてくれるとのことで、送り込まれました。ペースメーカーを10年ほど前に埋め込んでもらった病院です。「うっ血性心不全」と診断され、救急病棟で数日間治療を受け、循環器内科の一般病棟へ移りました。リハビリテーションを行い、8月15日退院しました。すでに、3階の家から階段を下り、郵便を出しにポストまで行けるようになっていました。入浴もできました。
 ところが、8月19日に入浴中に洗い場で転倒、肩、手頸がひどく痛むようになってしまいました。再び、救急車を呼びましたが、今回は東京医科歯科大学病院へ運び込まれました。「中心性脊髄損傷の疑い」と診断され、頸部を固定され緊急手当てを受けました。応急の手当が終わったということで、8月23日に退院を促されました。帰宅し1階の部屋に入りましたが、到底素人が面倒見切れない状態でした。そこで、東京医科歯科大学病院と連携関係にある東都文京病院へ、8月26日に入院しました。整形外科で、リハビリテーションを受ける予定です。
 1か月間に、3つの病院への入退院です。伴侶とはよく言ったもので、3回とも付き添いました。また、30日間猛暑が続く中、ほとんど毎日見舞い、いささか疲れてしまいました。老々介護劇場の第一幕が開けられたのでしょう。




『2019・8・3 「江戸川の花火」』
 44回目を迎える「江戸川区花火大会」へ行きました。60年以上も前からの知り合いの竹宇治聡子(ローマオリンピックメダリスト)さんから誘いのあった花火大会へ、連れ合いの代理(娘)と一緒に出掛けました。区の職員の案内で特等席、土手の芝の上にシートを敷いてあって、寝転んで見られる席です。江戸川区長に挨拶し、明るいうちに弁当が配られ、ビールを飲みながらいただきました。仰向けに寝転ぶとちょうど目の前に、視野いっぱいに花火が広がります。大型の珍しい花火には、観客から大きな拍手が送られます。一瞬の映像です。記憶する間もなく次々と打ち上げられ,刹那の芸術といえるのでしょうか、始めての経験でした。100万人を超える人たちが見物にきたといいます。帰宅の電車が混むので、フィナーレを見る前に席を立ち、篠崎駅に向かいました。しかし、長い行列で20~30分ぐらいかって、やっと電車に乗ることができました。

   

                仕掛け花火              打ち上げ連発花火


 


『2019・7・13 「ノルディック・ウォーク学会」』
 第8回「ノルディック・ウォーク学会」が、“安心と安全のノルディック・ウォークを世界へ”をテーマに、2019年7月13日に山梨県富士吉田市で開催されました。下肢関節に障害を持つ患者にノルディック・ウォークを処方して治療に当たっている冨士温泉病院の矢野先生と、脳・神経系と歩行のメカニズムを研究している東大の中沢先生が中心に行われたのです。
 基調講演は、運動力学、脳神経学、心理学という3つの立場からノルディック・ウォークの研究成果が紹介され、続いてのセミナーでは、公衆衛生の立場から、世界でもっとも早く超長寿社会を迎えた日本でのノルディック・ウォークの重要性が指摘されました。また別室では、34個の研究成果が壁に張り出され、ポスターセッションが並行して行われました。この他にも“Medical Nordic Walk”と“ノルディック・ウォークの活動”と題して、シンポジウムが行われました。内容が豊富で充実していたこと、加えて気持ちのよい高級ホテルの宴会場で行われたこともあって、参加者は大満足のようでした。翌14日に計画されていた富士五湖周辺でのノルディック・ウォークは、残念にも雨天のため中止されました。
 次回は2020年横浜市で、次々回は2021年鹿児島市での開催が予定されました。

   

          セミナーでの講演                学会集合写真


 


『2019・7・7 「ノルディック・ウォークin鶴岡」後 脳梗塞一歩手前』
 21回目を迎える「国際ノルディック・ウォークin鶴岡」が、2019年7月7日に山形県鶴岡市で開催されました。震度6弱という日本海山形沖地震が6月に発生し、開催が危ぶまれたのですが予定通り行われました。
 前日の午後、第2回「ビーチ・ノルディック・ウォーク・リーグ・サミット」が行われました。海岸沿いにある砂浜で行なわれるノルディック・ウォーク大会の開催地の人たちが、情報交換をしようと大阪の岬町で昨年行われたのを受けての2回目です。今年3月に設立された山形県ノルディック・ウォーク連盟会長から開会の挨拶の後、私が「長寿社会とノルディック・ウォーク」と題して講演を行い、続いて大阪府連盟の理事長、石川県連盟の会長が、大会開催のこれまでの経緯を報告しました。地域ごとにそれなりの抱える課題があり、どのように乗り越えてきたか興味ある話題でした。  250名ほどの人たちが、13km、7km、3kmのルートを順番にスタートしました。津波の可能性があるという理由で、高台へ避難できやすいルートに一部変更されていました。青い海と、雪の残る鳥海山・月山が眺められる快晴の下での気持ちよいウォーキングでした。
 私は約2時間で7kmを歩き終わり、体育館の中でダダ茶豆入りのおにぎりとたっぷり具の入った豚汁をいただきました。食事をしながら、喉が渇いていたので缶ビールを3個飲みました。食事が終わってから、急に前に座っている人の顔が、上下2つ見えるようになってしまいました。片目ずつでは1個の顔が見えるのが、両眼で見ると上下2個見えるのです。はじめての経験で、周りの人に状態を告げしばらく横にさせてもらいました。しばらくすると正常に見えるようになったのですが、鶴岡市の人たちが心配して、とにかく緊急に診察を受けるように手配してくれました。
 休日でしたので、市立の大きな荘内病院で診察。脳梗塞が疑われるため、MRI、CTで脳内の様子が撮影されました。特に異常は見られないが、時間がたつと現れることがあるので1日は様子を見た方がよいと医師が判断。帰京できず、集中治療センター(ICU)のベッドに収容されてしまいました。腕の静脈に針を刺され水分の補給のため点滴が続けられ、心臓と肺の動き、血圧、血液中の酸素濃度、などの測定計器が身につけられ、上向きで寝たままで一晩過ごしました。翌日のMRIの撮影の結果、脳には特に異常は見られない、自覚症状も良好でしたので退院が許可され、市の職員の方に付き添われて夕方の飛行機で帰京しました。
 脳梗塞発生の2歩ぐらい前の状態といえるのでしょうか、“一過性脳虚血性発作”と病名がつけられ“脱水”が主要因で、ビールの飲み過ぎも悪かったと、医師から説明されました。日ごろから歩いているから、泳いでいるからまだまだ元気という自信は、もろくも崩れてしまいました。過信は禁物と、改めて肝に銘じたのです。

     

     サミットで講演             砂浜を踏みしめて       鳥海山を背に湯野浜を歩く


 


『2019・6・22 フィンランドの夏至祭り』
 小海町が後援する“小海フィンランド協会”が主催する第18回「フィンランドの夏祭りinこうみ」が、2019年6月22日行われました。湖畔にはテント張りの簡易サウナ風呂と水浴用の仮設プールが並べられ、水着姿の若者が入れ替わり入浴を楽しんでいました。また、周辺には地元の人たちが提供する“おむすび”、“おやき”などいろいろな食べ物、飲み物がテントに並べられ、集まった人たちは自由にいただきました。
 夕刻6時近くなって、激しい雨が降り狭いテントにみなさん雨宿り。20分すぎるころには小雨になり、開会式と大きなかがり火“ユハンヌス・コッコ”の点火が行われました。湖に突き出したところで、縦・横に並べられたまきに油が注がれ、点火されると天高く炎が燃え上がりフィンランドの夏至祭りの気分を味わうことができました。
 翌23日には、第1回「フィンランディア・ウォークin小海」が行われました。松原湖高原スケートセンターをスタート地点として、松原湖の周辺を10、5、3qのルートが用意されました。祝賀会に参加した全国の指導員100名と地元の50名の人たちが、それぞれのルートを選んで歩きました。カラマツ林の中の道、白菜の畑の中の道、湖畔の道と変化に富んだルートでした。中間地点の松原湖畔では、ケーキと飲み物が用意されていました。ちょうど行われていた“ヘラブナ釣り大会” を眺めながら一休みしました。
フィニッシュして、天ぷらつきの打ち立てのそばをいただき、お土産には採れたてのブロッコリーをもらい、都会を忘れさせる大自然の中、景色よし、おもてなしよしの、思い出に残るウォーキングでした。

    

かがり火点火          湖畔のサウナ

  
              ヘラブナ釣り大会           八ヶ岳遠望しながら準備運動


 


『2019・6・21 ノルディック・ウォーク連盟創立10周年』
 両手にポールを持って歩くのは、北欧や北米で広く行われています。23年前にフィンランドへ出張したときに見かけたので、日本に広めたいと思い“ノルディック・ウォーク”と名づけました。そして、日本ウオーキング協会に“ノルディック・ウォーク専門部会”が設けられ、数年後一般社団法人として独立しました。それから10年が経過し、35の都道府県協会に連盟あるいは支部が出来上がり、ノルディック・ウォークの歩き方を教える指導員は3500名を超えるほどに成長しました。
 法人創立10周年を祝う会が、2019年6月21日長野県小海町で開催されました。小海町にある松原湖周辺はフィンランドにとても似ていることから、22日の夏至の日に行われる「フィンランドの夏祭り」に合わせて開かれたのです。全国から幹部指導員が参加して行われた検討会議では連盟の規約改正などが審議された後、100名を超える人たちが出席し、祝賀会は盛大に行われました。
 歓迎の挨拶をされた小海町の町長さんは、松原湖が氷結する前に新酒をビンに詰め半年間湖底にねかせた“湖底浪漫”と名づけた、19度とややアルコール濃度が高い日本酒を寄贈してくれました。多くの関連企業からいろいろなグッズが寄付され、会の終りにじゃんけんで勝ち残った人がもらうという“お楽しみ会”があり、出席者みんな大喜びでした。

    

    記念写真               小海町長挨の挨拶


 


『2019・6・16 伊豆下田あじさい祭』
 毎年春に「伊豆フラワーマーチ」が行われてきました。水仙の下田市(1月)、河津桜の河津町(2月)、菜の花の南伊豆町(3月)、桜の松崎町(4月)へと続きます。これらのイベントを仕切っていたのは“伊豆歩倶楽部”です。倶楽部の名誉会長を務めた江橋愼四郎先生(日本ウオーキング協会元会長)が亡くなって、1年となるので倶楽部の月例会200回記念に合わせて「追悼ウォーク」が、2019年6月16日に行われました。存命なら99歳という高齢です。私どもの仲人をしていただきましたので、夫婦で歩きました。
 前日は雷をともなう豪雨でしたが、当日は強風が吹いていましたが快晴、「道の駅下田みなと」を10時30分出発。街中の通りを抜け、左側は急峻な崖、右側は太平洋という「和歌の浦遊歩道」を歩きました。ときどき波しぶきをかぶりましたが、美しい海を眺めながらの気持よい道でした。浜辺から“あじさい”が群生する「下田公園」の丘へ、大勢の観光客と一緒に登りました。斜面には、色とりどりに咲き乱れた大輪の花は見事でした。「ペリーロード」を通って、13時30分伊豆急下田駅にゴール。ペースがゆっくりでしたので、夫婦ともども疲れることなく完歩できました。
 歩き終わって、有志が懇親会を馴染みの「きんめ屋」で開きました。江橋先生がいつも歌っていた“ブルーシャトー”、“東京の花売り娘”、“踊り子”をはじめ、参加者がそれぞれの持ち歌を披露し、3時間の「偲ぶ会」は賑やかに終わりました。

     

   この強風の中歩きました       和歌の浦遊歩道から       あじさいの前で


 


『2019・6・9 日本マスターズ水泳短水路大会』
 正式なレースに出場するという目的を持たないと、日ごろから泳ぐ意欲がしだいに失われていきます。そこで、8年ぶりに1500m自由形に挑戦しようと、2019年6月9日水泳大会が開催される札幌市へ行きました。ちょうど「YOSAKOIソーラン祭り」と日程が重なり、宿泊施設は料金2倍しかも満杯。なんとか地下鉄の“大通り”駅近くのホテルに予約できました。札幌市の中心“大通り”は交通規制がなされ、いくつものグループが次々と踊り歩き、外国人を交えたくさんの人たちが見物していました。280チーム、28,000人が参加したと報道される大きなイベントでした。
 日本マスターズ水泳短水路大会の札幌会場には、全国から659名の人がエントリーしていました。午前中はウォームアップを兼ねて、100m自由形に出場しました。隣りを泳ぐ人は70歳で、なるべく離されないようにと泳ぎ、ラストスパートでタッチの差で私の方が良いタイムで泳ぐことができました。記録は、1分35秒11とまあまあでした。
 午後の1500m自由形は、右隣りを泳ぐ75歳の人に早々と差を広げられ無理に追いかけるのは止め、左隣りを泳ぐ75歳の人を目標にすることに変えました。前半はすでに10mほど先行されていましたが、しだいに追いつき1300mで追い越すことができました。50mごとのラップタイムが発表されていて、私の場合59秒から60秒ぐらいのほとんど同じペースで泳ぎましたが、500mずつに区切ってみるとしだいにタイムが上がっていました。目標としていた30分は切れて、29分44秒83でしたが、2011年75歳のときの同じ大会では、26分20秒10と8年で3分24秒73記録が低下していました。
 80〜84歳区分で1位、元気で長生きしたご褒美と、金メダル2個をもらいました。

   

    YOSAKOIソーラン         会場の平岸プール前で


 


『2019・6・6 北海道・帯広での釣り』
 毎年北海道で釣りを楽しんできましたが、昨年はできませんでした。すでに80歳を越えたので、これから末永く釣りに行けるという保証はありません。そこで、今年こそはと、思い切って2月ごろ釣行の日程を立てました。友人の五十公野さんが仕事の都合をつけて案内。2019年6月6日早朝東京を飛び立って、7時50分に千歳空港へ。車で日高山脈を越えて東へ向かい、2時間ほどで帯広市へ着きました。NHKの朝ドラ「なつぞら」で映し出される、牧場が広がる景色を思い起こさせる十勝川の支流“音更川”へ入渓しました。大きな堰の下からやや深くなっている流れへ餌を入れると、直ぐさま大きな当たり魚は左へ右へと泳ぎまわりました。逃がすまいと、慎重に足元の砂利へ釣り上げました。30pを越える丸々と太ったきれいなニジマスでした。その周辺の流れに餌を入れると、20~25pのニジマスが次々と釣れました。そして、少し下って餌を入れると強い引きで竿先が伸ばされ、対応する間もなく糸を切られてしまいました。40pは超えていたのでしょう“逃がした魚は大きい”を実感しました。
 翌日は、午前中は十勝川の別の支流“然別川”へ、午後は“佐幌川”へと、1日中釣りました。釣果はオショロコマ1匹を除いて、すべて天然に育ったニジマスでした。合計30匹を越え大満足、そして、北海道の川をまだまだ釣り歩けるという自信がつきました。釣れた魚の内臓をきれいに取り、味噌を詰めて板氷とともに箱に入れて、家族が食べるようにと宅急便で自宅へ送りました。
 渓流釣りは、歩けなくなればできません。これからも釣りを楽しむためにと目標を定め、日ごろから歩くつもりになりました。

   

音更川            釣れたニジマス


 


『2019・5・19 ビーチノルディックせんなん里海公園』
 大阪に砂浜の海岸があるのか、と思う人がいるかもしれません。大阪府の南端、岬町と阪南市にまたがる、人工の「里海公園」があります。対岸に淡路島が見える約2qの長さの海岸です。埋め立てたような砂浜と、人工の形や大きさの違う石を並べた岩浜があります。海から少し上がったところには、広々とした駐車場とバーべキュー広場があります。
 2019年5月19日「大阪ノルディック・ウォークフェスタ」と、名前を新しくしたノルディック・ウォーク大会が開催されました。高齢者、初心者むけの2q、そして5、10、15qのルートが用意されていました。朝10時、岬町からスタート、左手に海を眺めながらバーべキュー広場を抜けて、阪南市のビーチバレーボールができる砂浜へ向かいます。砂浜では、潮干狩りが行われていて、大勢の親子が歓声を上げて採っていました。前日の夜に海にまくと、アサリは潮にもまれて砂に隠れるのだそうです。大人1300円の入場料を払って、砂の中のアサリを採り、同じ重量のきれいなアサリに取り換えてもらいます。
 5qの折り返し点からスタート地点へ戻り、反対方向へ向かいます。ヨットハーバー、淡輪漁港を右手に見て、10qの折り返し点へ。潮干狩り、ビーチバレー、バーべキュー、海釣りなど、それぞれの人たちが青空の下、初夏の休日を楽しんでいました。私たち、中高年齢者は、ノルディック・ウォークです。陽射しが強くすっかり汗をかいてしまいましたが、約18000歩、3時間の変化に富んだウォーキングでした。

    

          砂浜を歩く           のぼりばた         潮干狩り


 


『2019・5・4 ウォーキングフェスタ東京』
 東京の郊外、武蔵野を歩く「ウォーキングフェスタ東京」が、2019年5月4,5日に開催されました。24回目に当たるこの大会は、当初3日間行われていました。大都会の中心から電車に乗れば60分ほどで来られる大会は、はじまって数年間、参加者は毎年増加し3日間延べ6万人にまで達しました。しかし、最近は、期間は2日間に短縮され、人数が激減してしまいました。今年は、延べ4800名です。最盛期の10分の1に落ち込んでしまったのです。参加者の減少をまねいた原因は、いろいろ考えられるでしょうが、確かなことはわかりません。
 少しでも減少傾向を食い止めようと、後援する日本市民スポーツ連盟は国際基準に基づいて、大会での積算歩行距離が5万qに達した人へ、記念のワッペンと認定証を手渡すことにしました。この大会開催までの1年間に達成した人は15名いました。高齢者が多いことから、名誉会長から渡すほうが喜んでもらえるだろうということで、2日目の10qスタート前に、集まったウォーカーたちの目前で手渡しました。
 一口に5万qといいますが、1年間にほとんど毎週行われる大会へ50回参加し40q歩いたとして2000qです。20年で4万qですから、20年以上の長い年月元気に歩けたという“証し”です。皆さん高齢でしたが、とても嬉しそうでした。

    

   認定証を手渡す                      ベテランウォーカー


 


『2019・4・7 山梨県ノルディック・ウォーク連盟』
 2本のポールを持って歩くノルディック・ウォーク運動を紹介して、21年目となりました。この間、いろいろな人たちの間で人気が高まってきました。その中でも。下肢関節に不具合があり運動不足になりやすい人たち、あるいは、高齢になって歩くのが困難になった人たちむけに、“メディカル・ウォーキング”という新しい分野が注目されるようになりました。下肢関節症の治療に長くかかわってきた医師矢野英雄先生が、山梨県石和温泉でノルディック・ウォークは治療効果が高いことを臨床的に実証されてきました。その尽力によって、ノルディック・ウォーク連盟が山梨県に創られました。
 2019年4月7日に創立総会が、桜と桃の花が満開の甲府市で行われました。また、合わせて矢野先生が主導されてこられた「100歳までウォーキング」の会の人たちも集まってきました。私は、ノルディック・ウォークの効用の新しい側面として、中高年齢者が恐れる“がん”と“認知症”の予防について、疫学的研究を中心に記念講演をしました。設立総会終了後、“こうふ開府500年”というお祭りの中心「武田神社」までのウォーキング・イベントが行われました。
 手ぶらで歩くのに比べポールを手に持って歩くときは、脳のはたらきが大きく関与します。言い換えれば、脳の血流量が増える(血のめぐりがよくなる)のです。ですから、高齢者が“健やかに老いる”のに役立つことが期待されます。全国に広まることを願っています。

    

設立総会                      記念公演


 


『2019・3・27 卒業式』
 新宿西口の50階建てコクーンタワーにある首都医校に校長として務めて、11年になります。その間、毎年入学式、卒業式で式辞を述べてきました。今年は2019年3月27日に、文京区のシビックホールで卒業式が行われました。
 式辞には、聖路加病院の小児科医細谷亮太さんのエッセー「生きていてよかった」を引用させてもらいました。医療に携わる卒業生が多いことから、「患者さんから“生きていてよかった”と思われる人になって欲しいのです。その結果が、あなた自身の“生きていてよかった”という思いになるのです。」という内容でした。
 ところで、孫娘が首都医校の夜間のクラスに入学し、昼間はアルバイトし4年間皆勤で、無事“作業療法士”という国家資格試験に合格し卒業することになりました。卒業式では学科代表として台上に上がり、私から卒業証書を受け取りました。私も、「長生きしてよかった」という思いをすることができました。

    

             卒業式             卒業する孫と握手。大きくなったな〜


 


『2019・3・15 大規模低酸素トレーニング場』
 早稲田大学の国際会議場で「低酸素トレーニングのすべて」という講演会が、2019年3月15日に開催されました。密閉された空間の中に、50m、25mプール、2レーンの走路(60m)、格闘技などの練習ができるフロア、トレーニング用マシンが設置されるフロアなどを配置し、窒素ガスを注入することによって酸素濃度を通常の21%から14%まで調節できる大規模トレーニング施設です。世界一といわれることから、注目が集まったようで500名近い関係者が参加しました。
 私は、「中高年齢者が恐れる“がん”と“認知症”に運動実践は有効」と題した基調講演を行いました。まず、大型トレーニング場を十分活用するために、対象をアスリートからノン・アスリートまで広げることを提案しました。次に、オリンピックを目指すようなアスリートのトレーニングの目標は“相手に勝つこと”、対照的にノン・アスリートの目標は“己に克つこと”と違うことを説明。ノン・アスリートは、さらに2つに分けられると話しました。
 @難易度の高い高所登山、42.195qの完走、トライアスロン制覇、海峡横断泳などを目指す人たちと、
 A体力測定で低体力と指摘され体力の向上、健康検査で悪いと指摘された指標の改善、罹患、怪我からのリハビリテーションを、それぞれ目指す人たちです。
 最後に、これまで運動効果が認められてきたのは、骨粗しょう症、筋肉脆弱症、関節痛などの筋骨格系、慢性閉塞性肺疾患などの呼吸系、高血圧、虚血性心疾患、脳卒中などの心血管系、糖尿病、肥満症、脂肪肝などの代謝系ですが、新しく、働き盛りに発症する“うつ病”、高齢になると増える“認知症”、高齢者に多い“がん”に対しても運動実践は効果があるという研究成果を紹介しました。
 私の後には、三浦雄一郎さんのエベレスト挑戦とその間の体力の推移、アスリートのための高強度インターバル・トレーニングの原理などの講演がありました。2019年の秋口にオープンということで、多くの人たちに利用することを願っています。

      

基調講演           多くの聴衆


 


『2019・3・9 東京大空襲』
 1945年3月9日、夜になってからの空襲警報のサイレンにせかされて、荒川放水路の土手へ避難しました。春一番だったのでしょうか折からの強風のため、持ち出した布団が飛ばされないようにと布団の上に寝転んでいました。記憶されている映像はとぎれとぎれで、仰ぎ見る空にいくつも並んで飛ぶB29爆撃機、投下してから途中で分解して飛び散る小さな赤い焼夷弾、それから小学校の窓が一瞬赤くなって、いきなり炎が出て燃え出す校舎などです。風向きのせいか放水路寄りの一帯は戦火を免れ、幸い10日の朝無事に家に帰ることができました。
 74年後の3月9日に、孫を連れて思い出の場所を歩いてみました。小学校の正門の脇には、「藤の木と鐘に寄せて」と題した校長先生の書があり次のように書いてありました。「大正3年にこの地に移り・・・・藤の木は大きく手を広げ温かく抱いてくれた 昭和20年焼夷弾に焼かれたが たくましく息吹いて学ぶ子らをじっと見守っている・・・」
 小学校入学前は、“聖天様”の愛称で呼ばれていたお寺の境内にあった幼稚園に通っていました。子どもの足では随分遠くにあった記憶でしたが、帰りに寄ってみると元住んでいた家から10分ほどでした。幼稚園での出来事は覚えていませんが、門を入ると大きなお寺があったのをおぼろげながら記憶しています。小学3年生の孫娘に、歩きに来た理由を話し聞かせましたが、興味のない様子でした。昭和も戦争もはるか遠くになりにけり。

      

幼稚園のあった平井聖天            小学校校門前


 

『2019・1・25 ダックスクラブ』
 30年以上前に「江東区健康センター」が発足しました。その事業の1つとして、“エクササイズ・ウォーキング12週間”が展開されました。その際、東京大学医学部の循環器内科の教授と私たちが、お手伝いすることになりました。区報で公募して、100名近い中高年齢者が参加しました。教室が始まる前にメディカル・チェックを行い、ウォーキングを実施しても良いかどうか判断します。そして、なるべく自分から歩く習慣が身に着くように「12週間の日誌」を配って、毎日の天気、体重、脈拍数、歩いた時の時間と歩数を記録するようにしました。
 1回目と2回目の教室修了者たちが、自主グループ“ウォーキング・ダックスクラブ”を発足させました。そのクラブの“30周年を祝う会”が、2019年1月25日に開かれ、30名近い会員が集まりました。からだのあちこちが不調になったとこぼす人が多くみられましたが、昔話に花が咲き、みなさんとてもお元気そうでした。食事が終わって、大正琴の演奏をバックに、少女のころ歌った“冬景色”、“早春賦”、“おぼろ月夜”、“里の秋”を合唱し、終了しました。

      

遊び心の30周年           これからも明るい笑顔を


 


『2019・1・23 未来創造展2019』
 私が校長を務めている専門学校「首都医校」には、姉妹の専門学校があります。
 ファッションデザイン系の「東京モード」とコンピュータ系の「HAL東京」です。新宿西口にある50階建てのコクーンタワーを分けて使っています。これら3つの学校の学生たちが、1年に1回、「未来創造展」と名づけた大掛かりな発表会を行います。2019年1月23日、武蔵野の森総合スポーツプラザの中のメインアリーナで、学生、見学者など数千人が集って盛大に行われました。「東京モード」も「HAL東京」も、その教育目標からわかるように、学生たちは新しい作品を展示します。「首都医校」の学生は新しい作品を展示することができませんから、学習している最新の医療の内容を紹介することになります。
 今年は、標榜する“チーム医療”の実演を大勢の人たちを前に披露しました。一緒に出掛けた父親が発作で倒れたので、息子が救急車を呼び、救急隊員が駆け付け応急手当てをして病院へ搬送し、そこで手当をして無事蘇生するというものです。チームによる速やかな連携の重要性が伝わるものでした。
 看護学科の学生たちは、血圧測定やロコモティブチェックを行っていたので、私も受けてみました。血圧は日ごろから薬を飲んでコントロールしているので、130mmHgと70mmHgと正常値でした。一方、高さ40pの台からの“立ち上がりテスト”では、両足では立ち上がれましたが、片脚ではできません。また、できるだけ歩幅を広げて歩くときの2歩の長さは220pで、身長当たり1.37と70歳代の標準値(1.42〜1.52)よりも短く、やっぱり80歳かと思い知りました。

      

 救急処置                     血圧測定


 


『2019・1・10A 電動車椅子サッカー』
 東洋英和女学院大学のアクア・エクササイズ・センターで、障害者にお願いして「身体福祉学実習」という講義を開講しました。開講当時に、8歳だった真理ちゃんが車いすに乗って、お母さんと一緒に参加されました。「脊髄性筋萎縮症」という病気を持って生まれ、1歳のとき「生きられるのは2歳ぐらいまで」と診断されたそうです。腕や脚は細くて、浮き輪に胴体を入れて、2名の学生と一緒に水中運動を実施しました。
 2019年1月10日20年が過ぎて、真理ちゃんが電動車椅子に乗って会いに来てくれました。今では、電動車椅子サッカー選手として、国際的に活躍されているということです。そして、「サッカーならどんな障がいも超えられる」(講談社、2016)という本を贈呈されました。その本には、「私は生まれてから一度も歩いたことがありません」という言葉から始まる真理ちゃんの前書きが載っています。「あなたは足で立っている、私は車いすに座っている。それはもちろん“ちがい”だけれど、一人一人のちがいを挙げたら、きりがないほどあるはず。」「みんな、だれともちがうところが必ずあります。ちがって当たり前。みんなちがって、みんないいんです。」と結んでいます。
 小学生のころに、水中運動に参加したことも、成長に役くに立ったとすれば幸いという思いでした。

 

真理ちゃんと


 


『2019・1・10@ アクア・エクササイズ・センター』
 これまで、いくつかの水泳プールの建造にかかわってきました。東京大学の創立100年記念事業の1つとして、御殿下グランドの地下に、トレーニングジムと多目的球技場とに併設された25m温水プール(7レーン)の基本設計に助言しました。1990年に竣工されましたが、下肢に障害がある人でも利用可能なように、車いすに乗ったままで入水できるスロープを、日本では初めて付けました。
1980年代末に、竹下登内閣は地方自治体対象に交付する1億円を好きに使ってよいという「ふるさと創生事業」を展開しました。それを受けて、2つの自治体が温泉を掘り当て、新しい事業を実施しました。1つは、茨城県旧大洋村(現鉾田市)の「トップサンテ大洋」で、私が命名しました。4レーンの水泳用プールがあります。もう1つは、青森県福地村(現南部町)の健康増進施設「バーデパークふくち」の日本では初めての水中歩行専用プール(2レーン)と、水泳用プール(4レーン)です。両施設とも建造されてほぼ30年が経過していますが、ウエブ上のホームページを見ると、現在も盛に利用されていることがわかります。
 日本でもっともきれいなプールといわれてきたのは、東洋英和女学院大学のアクア・エクササイズ・センターです。同大学の人間科学部に「人間福祉学科」が創設された1997年4月に就職しました。早速、身体障害者が運動できる施設を造り、人間福祉学を専攻する学生たちが、障害者への理解を深めるように直接補助する実習授業を計画したのです。真ん中に車いすに乗ったまま入水できるスロープを設け、右側に水中歩行用の幅が広い手すりのついた2レーンと、左側に水泳用3レーンがあります。1998年11月に竣工され、1999年4月から実習授業が開講されました。近隣に住む障害者に、ボランティアとしての参加を呼び掛けたところ、片まひや股関節や膝関節の手術を受けた人20名ぐらいが集まりました。
 20年近く担当してきた福崎千穂先生から、人間福祉学科が廃止され受講生が少なくなったので、この講義は本年度で終りになるという報告を受けて、2019年1月10日参加しました。これまで参加してくれた人たちにも声をかけてもらって、懐かしい人たちと会うことができました。皆さん下肢に障害があっても運動できることを喜んでいました。

      

  挨拶                     水泳の指導


 


『2019・1・1 皇居一周』
 30年以上続けてきた皇居一周ランニング、「1年の計は元旦にあり」と信じて今年も走りたいと思っていました。しかし、年末の“血栓性静脈炎”で、走れないと断念しました。しかし、できればポールを持って歩き通したいと、5q歩くことにしました。結果は、昨年走った時間が56分だったのに対して、あまり変わらない70分で歩き終わりました。
 今年は、歩いたためか周囲の景色に眼が届き、皇居のお堀の斜面には満開に咲く水仙がきれいなのが印象的でした。また、歩道沿いには、山茶花が咲き誇っているのも目につきました。

      

水仙                山茶花


 


『2018・12・20 血栓性静脈炎』
 新しくできるトレーニング・センターに設置するトレーニング用マシンをテストしに、“テクノジム”という販売会社のショールームへ、2018年12月20日に行きました。初めての経験でしたが、自動式トレッドミル上を数秒間全力で走ってみました。その午後、今年最後のテニスを楽しみました。ところが、夕方着替えるときに、下腿が異常に腫れているのに気がつきました。これまで経験のないことなので心配ではありましたが、病院へ行くのだからと翌21日、前から頼まれていた広島県府中市での講演に出かけました。
 「大きな病院」、「介護付き老人施設」、「デイケア施設」などを運営している社会医療法人社団陽正会(大学時代の友人が理事長)の主催による講演会です。福山市、府中市の住民、健康・福祉に係わる人たちを対象として、「健やかに老いる」と題し90間分ほど講演をしました。その後、医師会の人、府中市の健康・福祉課の人、病院の人などと一緒に、市民の健康増進・疾病予防について懇談しました。22日朝起きても腫れは残っていましたので、帰京後、直ちに診察を受けました。連休前の土曜日の午後でしたが、緊急病院であったことから友人の循環器専門の医師が診てくれました。
 超音波で下腿の状態を調べ静脈に血栓があり、「血栓性静脈炎」と診断されました。エコノミー症候群と呼ばれる症状です。血液が固まるのを防ぐ薬「エリキュース」2.5rを1日2回服用、しばらく下腿部分に「弾性ストッキング」を着用するようにと指示されました。
 3年近くかかった歯の治療が終わり、白内障、眼瞼下垂の手術などの眼科治療も終わり、これで病院通いもしばらく終わりと思った矢先の発病です。「健やかに老いる」のは難しいものだとつくづく実感しました。5日後に95%ぐらい腫れが収まったので、水中で歩き始めました。歩いても腫れないということがわかり、6日目には30分間ほど歩き、鹿教湯温泉の「氷灯ろう夢祈願」という“氷灯ろう”に点火させ、絵馬に願いを書くという催しに参加、「病から離れたい」と書きました。7日目には、45分間水中歩行と泳ぐことができ、このまま無事にすぎることを願う年末です。

      

府中市                氷灯ろう


 


『2018・11・25 東京ノルディック・ウォークフェスタ』
 東京湾を埋め立てた“お台場”を中心として、第5回の「東京ノルディック・ウォークフェスタ」が、2018年11月25日小春日和の日曜日に開催されました。東京モノレールの“新橋駅”と“豊洲駅”の中央にある“台場駅”から徒歩10分。10時の開会式には、関係者を交えて500名近い人たちがポールを背にして集まってきました。準備運動の後、集合写真を撮りましたが壮観でした。
 歩行困難者むけの2〜3qのルートと、5q、10qルートが設定されていました。お台場周辺は大規模な建築工事が行われていて、同じルートでも毎年景色が違います。今年は海沿いのフェンスが取り除かれていて、海のむこうに京浜工場地帯が望めました。続いてオリンピックでは、トライアスロンの会場にされるという人工の海浜を歩きました。ビーチ・ノルディック・ウォークです。
 このルートはトイレが随所にあり、歩道も広く安全に歩けます。イヤーラウンドのウォーキング・ステーションとして認定されれば、高齢者たちが平日の昼間に来て、みんなでウォーキングが楽しめると思いました。今後ますます参加の増加が見込まれる大会でしょう。

 

  500人集合        お台場ビーチを歩く


 


『2018・11・17 第4回アジアンピア―ド』
 勝敗を問わないスポーツ(ウォーキング、スイミング、サイクリングなど)の振興を図る国際組織「国際市民スポーツ連盟(IVV)」があります。世界で50数か国が加盟していて、ヨーロッパ、アジア、アメリカそれぞれの大陸に分かれています。アジア地区では2年に1度「アジアンピア―ド」と呼ばれる大会が韓国、日本、台湾で開催されてきました。今年の大会は、インドネシアのジョグジャカルタで「第10回ジョクジャ世界遺産ウォーク」と並行して、2018年11月17,18日に開催されました。
 大会前日に「アジア市民スポーツ連盟(IVV-Asia)」の総会があり、次期大会はロシアのウラジオストックで行われることが決まりました。続いて3期連続して私が会長に推挙されました。86歳までの任期老害といわれていますが、適任者が見当たりませんので引き受けることにしました。
 ウォーキング大会は30度を超える高気温ですので、早朝6時30分からスタートしました。20q、10q、5mのルートが設定されていて、日本人50名を含む27ヵ国から約1500名が参加し行われました。
 17日は水田の多い田園地帯を歩く10qのウォーキングに参加しました。平地ですが暑いせいか疲れました。18日は亜熱帯の森の坂道を歩く5qのウォーキングでした。山羊を飼育している場所がチェックポイント、温められた山羊の乳をいただき、ココナツの果汁をストローで飲んで水分補給しました。坂道でしたがあまり疲れずフィニッシュ、場所を移してホテルにあるプールで泳ぎました。水泳は暑い中では快適で、1000m泳ぎました。

 

      議長を務める     遺跡前の広場がスタート   ココナツの果汁でのどを潤す 初めて見るバナナの花


 


『2018・11・10 ノルディック・ウォーク学会』
 第7回となる「日本ノルディック・ウォーク学会学術大会」が、奈良県天理市で2018年11月10日に開催されました。天理大学体育学部が会場です。「東京オリンピック1964」に向けての日本代表競泳選手が合宿練習したとき同行して以来半世紀振りの訪問です。当時、天理教の“二代真柱”中山正善氏がプールや宿舎の面倒をみてくれたのが思い出されます。懐かしかったので、威容を誇る本殿を詣でました。
翌11日は、大会記念「奈良公園でのノルディック・ウォーク」に参加しました。本尊御開帳中の“興福寺”のそばの広場がスタートです。“浮見堂”を渡り参道を通って“七五三”で賑わう“春日大社”へ。ここから若草山の麓を右手にみて“二月堂”、そして“東大寺”をぐるりと一周しフィニッシュ。奈良市内の人気スポットを巡る5キロのウォーキングでした。
 東大寺の大きさに改めて圧倒されました。当時としては「東京オリンピック2020」開催以上の費用と労力を要したのではないだろうかと、いう人がいました。納得できる規模です。そして、今日まで続く遺産(レガシー)であることは、大勢の人が訪れることからもわかります。2020のオリンピック開催に際して後の人たちに喜んでもらえる「レガシーを」、と声を上げる人がいますが、“大仏”と同じ程度のレガシーが残せるのでしょうか。晴天に恵まれ日曜日とあって、鹿と戯れる外国からの観光客を交えて、大変な人出の中でのウォーキングでした。

 

世界遺産大仏殿        奈良公園の主と


 


『2018・10・27 国際韓国ウォーキング・フェスティバル』
 気温5度以下、とても10月とは思えない寒気に覆われたソウルで、第24回「国際韓国ウォーキング・フェスティバル」が、2018年10月17、18日開催されました。ロシアのウラジオストックのウォーキング・クラブと毎年交流している関係から、今年はカムチャッカからお母さん2人と3名の子どもたちが参加しました。寒い中スタートを待つ前に、可愛い子どもたちが民族衣装を着け伝統の踊りを披露してくれました。
 今年のルートは、42、25、12,7qで、9時30分から順次、新興住宅街の広い歩道を“ツリー・モール”と呼ばれる6キロ地点を目指します。このモールは、木や花、肥料、植木鉢などを売る店が並ぶ市場で、菊が真っ盛りでした。私の歩き方に不安を抱いたのでしょうか、大会関係者がほとんど付き切りで見守ってくれました。チェックポイントでは、トイレに行き休憩をとるようにと注意されました。そこで靴を脱ぎ、足をマッサージしていると、コーヒー牛乳やお菓子を食べるようにと勧めてくれました。おかげさまで、踊り足になりそうになっていたのが収まり、再び元気に歩けました。帰路は川沿いの遊歩道とサイクリングロードが並行する道で、安心して歩けました。しかし、12qを3時間もかかってしまいました。
 2日目は、実行委員会の人が非武装地帯への観光に行くようにと用意してくれました。メインは非武装地帯の地下に、北朝鮮から韓国への侵入する4つのトンネルを掘った跡です。傍に見晴らし台があり、雨にくすぶる非武装地帯の向うに北朝鮮が眺められます。こちら側の高い塔に韓国の国旗、向こう側に北朝鮮の旗が立っています。2000年の初め一時友好ムードが高まり、南北間に鉄道が敷かれたことがありました。1回だけ列車が通ったそうです。今では閉鎖されていますが、その駅が観光スポットになっていました、料金を払えばホームに入れるようになっています。「南からの最後の駅ではなく、北へむかっての最初の駅である」という碑が印象的でした。

   

  子どもと記念写真        南の終着駅         国旗が翻る北朝鮮を望む


 


『2018・10・21 ビーチノルディック・ウォーク大阪大会』
 日本で初めて2本のポールを持って歩く大会を行ったのが、山形県鶴岡市の湯野浜海岸であったことから、砂浜を歩くノルディック・ウォーク大会は、すでに浜辺を有する6ヵ所で行われているようになりました。その1つ大阪南部(阪南市、岬町)で2回目となる「ビーチノルディック・ウォーク大阪大会」が、2018年10月21日に開催されました。この機会に大阪府ノルディック・ウォーク連盟南大阪支部が音頭をとって、全国のビーチノルディック・ウォーク大会を実施している団体が一堂に会して、さらなる発展を図ろうというサミットが大会前日に開催されました。そして、今後相互に連携を取り合って発展していこうと、各大会の代表者による協定が結ばれそれぞれ協定書に捺印しました。
 大会当日はまさに秋晴れで、大阪湾をはさんで関西空港への長い橋、その向こうに神戸の山々が、さらに左側には明石海峡大橋、淡路島が眺められる阪南市の「せんなん里海公園」がスタートとフィニッシュです。ここには、長さ2qぐらいの人工の浜辺があります。休日でしたので砂浜ではビーチバレーに興ずる若者、許可された広場ではバーベキューを楽しんむ家族連れがいました。約5qとなるビーチを往復して、10q、15qを目指す人たちは「みさき公園」に向かって海岸沿いに往復しました。昼過ぎからオプションプログラムとして、“カヌー体験”と“クルーザー乗船”が準備されていて、それぞれに分かれて楽しみました。これを機会に、潮風に吹かれながら海が眺められるウォーキングが、全国に広がることを期待しています。

     

協定書            ビーチでの準備運動


 


『2018・10・19 梅干しができるまで』
 ここ数年日本茶を飲みながら、毎朝欠かさず1個食べてきた“梅干し”の加工・販売所を訪問しました。和歌山県御坊市にあります。“梅干し”は健康によいということから日本人の多くが好む果実です。まず、採りたての青い梅の実を、多量の塩分を含んだ水に漬け、腐りやすい梅の実が腐るのを防ぐのだそうです。昔からの“梅干し”は、この濃い塩水に漬けた梅を天日に干して乾燥させたものであって、とてもしょっぱい味がするのです。最近は塩分の摂り過ぎが血圧を上昇させるというので、塩分ひかえめという傾向にあるようです。
 私が毎日口にする“梅干し”を加工・販売している「四季の梅本舗」を、2018年10月19日訪問しました。セラミックスを使うところが他の加工所と違うところで、“梅干し”作りをはじめた社長の試行錯誤の結果だそうです。この加工所への水はすべて、セラミックスを粒にして入れた円筒を通したものを使います。まず、高塩分の水に梅の実を浸す大きなボックスが並んでいます。そのボックスから梅を取り出して水で洗い、濃い塩分を薄くするため違うボックスに移しセラミックスを板状に加工した膜を通して水を回流させます。その後、別のボックスへ移し、水飴、昆布だしなどの自然調味料を加えた「調味梅干し」が出来上がります。昔ながらの“梅干し”から、しそを加えた“しそ風味”や蜂蜜を加えた“はちみつ風味”の、まろやかな“梅干し”になるのです。こうして、毎日食べている“梅干し”の加工過程を知ることができました。

    

加工場の前で社長と   梅干の製品      


 

『2018・10・13 55年前の教え子』
 東京家政学院大学が設置された当時、大学生の必須科目として「体育実技」と「保健体育講義」がありました。そのため専任の教員が必要で修士号を有していた私が、大学設置審議会に申請され承認されました。きわめて若い26歳のときに大学の教師になったのです。
 学生は18歳ですから8歳違いです。その1期生となる卒業生たちが、卒業後52年となり2018年10月13日に同期会を開きましたので出席しました。第二次世界大戦終了の1年前に生まれた人たちです。74歳になるので、自身があるいは連れ合いが、からだの調子が悪いという理由から、欠席する人が多いようでした。
 大学設置の条件に「体育実技」ができる広さの面積が必要でしたので、都心の千代田区にある大学から離れた町田市に運動場を建造しました。毎週、学生をそこまで連れていけませんので、夏は蓼科山へ出かけトレッキングを、冬はスキー場へ出かけスキーを、指導するという講義で代替えしました。昼食を摂りながら、そんな思い出話をしたり、互いの健康について報告したりで、あっという間に3時間が過ぎてしまいました。わずか2年間の勤務でしたが、初めてであったこともあり懐かし想い出となっています。

 

家政学院同期会


 


『2018・10・5 茸狩り』
 昨年は松茸が不作でしたが、今年はたくさん採れているというニュースをみて、自生している松茸を見たいと信州へ出かけました、私が行く信州の松茸山は急峻で、足腰の弱い人は登ることができません。
 2018年10月5日曇りの中を午前8時、7人の70歳を超えた老人たちと一緒に上り始めました。山の狭間の谷川に沿って標高70?ぐらい上り、そこから山の急斜面を枯れ葉に足を取られながら、ほとんど四つ這いでおよそ標高100?ぐらい登り、そこからが赤松林です。地元の人の通称“コムソウタケ”という食べられる茸が生えているそばに松茸があるといいます。採った“コムソウタケ”をビニール袋に入れながら、松の根元を注意深く見ながら山を登りましたが、見つけることができませんでした。7人中わずか3人が採れただけです。
 帰りは頂上から山の麓までは急斜面で、足を滑らせ転びながら、道らしい道にたどり着きました。ところが脚ががくがくでよろけそうになって、座り込んでしまいました。急な上り下りのない道なら10qぐらいは平気で歩けるのに、高低差のある山道を歩くのは無理なのでしょうか。高齢者が遭難事故を起こすのが、身に染みてわかりました。しかし、山の中には、赤い毒性のある“ベニテングダケ”など、いろいろな色や形をした茸がたくさんあり、楽しい山歩きでした。
 “コムソウタケ”は、茹でてからバターで炒めておいしくいただきました。加えて、翌日にはアルミホイールにつつんで焼いた松茸、すき焼きにした松茸を、知人宅でたくさんご馳走になりました。いつまでもしっかりと歩け、自然の恵みを食べる能力を保持できたらと祈る思いです。

      

   松茸           コムソウタケ        ベニテングダケ


 

『2018・10・1 身体運動科学研究ネットワーク』
 私は過去50年近く、高所(低酸素環境下)トレーニングの有効性を唱えてきました。その主張に賛同が得られ、1気圧下で空気の中へ窒素ガスを注入することによって酸素濃度を20〜12%の範囲で変えることができる低酸素環境下の大規模なトレーニング施設の建設が始まっています。仮称「ハイブリッド・アスリート・トレーニング・センター」という施設が、東京都江東区の豊洲に、2019年7月に竣工される予定です。内部には、50mと25mの水泳プール、50mのランニング用直線路、各種トレーニング器具が設置されるジム、柔道やレスリングのトレーニングが可能なフロア、バドミントンや卓球ができる天井の高いフロアなどが用意されます。
 このトレーニング施設が十全に活用されるためには、これまでのスポーツ科学の研究成果を活用することはもちろん、新しいトレーニング法の確立にむけての研究遂行が不可欠です。これを実現するためスポーツから健康にかかわる身体運動科学のさまざまな分野の研究者間にネットワークを創り、情報のやり取りすることが重要です。さらに、このネットワークは、各種競技団体のコーチや健康志向の運動指導者とも連携を取り、より実践的な研究成果を提供することも目的とします。
 このような背景をもって、私が代表理事になって、2018年10月1日に「一般社団法人身体運動科学研究ネットワーク」を発足させ、その日の夜、設立にかかわった人たちで祝宴をあげました。うまくいくことを願っています。



『2018・9・28 登院式』
 「登院式」とは聞き慣れない言葉です。1948年に制定された「歯科衛生士法」に基づいて、歯の治療にかかわる新しい国家資格が誕生しました。高等学校を卒業後2年以上の教育を受け国家試験に合格すれば免許を得ることができます。私が校長を務める「首都医校」に3年前から歯科衛生学科が誕生、2期生が学内での教育を得て10月から臨床実習へ出かけます。病院へ実習に出かける学生に「登院許可」を与える儀式が「登院式」です。2018年9月28日行われました。
 おそろいの実習服の学生28名を前に、私自身が3年間歯の治療を受けていること、その間の経験から歯科衛生士として身につけておくべき患者に向き合う心など、また治療を受けているとき、去年から実習生として訓練を受けている首都医校の名札を付けた学生に偶然出会ったこと、などの内容の挨拶をしました。
 そして「入学以来、歯科衛生専攻の学生として、1年半かけて、必要な知識、技能、態度の基礎を学びました。これから、臨床の場で、実践的な知識、技能、態度を身に着けることになります。本日ここで、皆さんが実習生として、臨床の場へ出かける資格を身に着けたことを認め、その決意を改めて感じて欲しいと“登院式”を挙行することになりました。」と式の意義を伝え、「登院許可」を申し渡しました。その後、担任の教員から実習の場で胸に付けるネームプレートが、それぞれの学生一人一人に手渡されました。
 しっかり実習を務め、国家試験に合格し“歯科衛生士”になって欲しいと願っています。

    

     校長挨拶        登院式のプログラム


 


『2018・9・22 ウォーキング12週間』
 江東区民の健康づくり事業の一環として「ウォーキング12週間」講座が、2018年9月22日に、江東区健康センターで開催されました。継続の確かな年数をはっきり覚えていませんが、30年を超えたことは確かです。この講座が、1日や数日で終わるような短いものでなく、約3ヶ月続けるという長いもので、自治体が主催するウォーキングでは最も長い講習会です。そのためか、参加者はしだいに仲よくなり講座終了後自主的にウォーキングクラブをつくって、みんなで歩いています。区の職員は数年で交代するのですが、よくも続けてきたものだと感心します。この地道な継続は区民の力ともなっていることでしょう。
 「江東保健所」と同居する「健康センター」は、「特別養護老人ホーム」“江東ホーム”に隣接して建っているのは、なるべく“特養”へ入居しないようにという思いが込められているかのようで、いつも“なるほど”と感じてきました。
 昨年より多い80名の定員いっぱいとなり、開講式にはみなさん集まってきました。私は「こころの健康を守る〜ウォーキングのすすめ〜」と題して講演しました。うつ症状を訴える人が増えたこと、認知能力の低下が目立つ高齢者が増えたことから、脳のはたらきとウォーキングの関連の話しをしました。最後に、私自身が自分のウォーキングをするときに有用な服装、シューズ、デイパック、その他の持参した小物等を見せながら、12週間まっとうするようにと励ましました。みなさん元気に終了することを願っています。

            

江東区健康センター        健康センターに隣接する「特別養護老人ホーム」


 


『2018・9・18 国際水泳バイオメカニクス・医学シンポジウム』
 「国際バイオメカニクス学会」から独立して、「国際水泳バイオメカニクス・医学学会」が発足しました。そして、1970年に第1回国際シンポジウムが、ベルギーで開催されました。以降、シンポジウムは4年に1度の頻度で、世界各国で行われてきました。日本における水泳研究は、筑波大学水泳部出身の研究者たちがリードしてきました。その出身者たちが役員を務める「日本水泳・水中運動学会」が、筑波大学と日本水泳連盟から後援を得て、2018年9月17日〜21日の間、第13回「国際水泳バイオメカニクス・医学シンポジウム」が筑波大学で行われました。27ヵ国から200名近くの参加者があり、7つの招待講演、85題の口頭発表、82題のポスター発表があり、とても盛大でした。
 私は、発表初日の午前中に45分間の“名誉講演”として「水中歩行の利点」と題して話をしました。この学会ではほとんど取り上げられてこなかった“水中歩行”と“脳の血流量”とに関しての内容でしたので、聴衆がどんな反応をするか心配でした。話の主旨は、現在先進諸国で問題となっている肥満者と高齢者の健康の保持に、水中歩行は安全で有効であるというものです。終了後全員が立ち上がって拍手をしてくれましたので、よかったと胸をなでおろすことができました。また、翌日には、この組織の幹部のフィンランド人は自身のツイッターで発信したらいろいろな人から反応があったこと、別にドイツ人は同様の問題を抱えているので帰国後宣伝したいと話してくれ満足でした。

 

    シンポジウム参加者                Honor Lectureとして発表


 


『2018・9・15 里山あるき2018』
 20年以上前に、山間にある温泉場を起点として、農道や林道を周回する「里山あるき」を楽しもうと呼びかけました。人の住む気配が感じられ、しかも自然に触れあえることができ、歩き終わったら温泉でゆっくりくつろげるウォーキング・イベントです。当初、青森県、山形県、長野県、岐阜県などで行われるようになりましたが、さまざまな事情からか、現在も続けているのは山形県鶴岡市だけです。
 第21回となる「みんなと歩こう!里山あるき2018」が、2018年9月に開催されました。初日は、500名近い参加者の前で、大山の幼稚園児たちが酒樽を叩く、恒例の激励演奏が行われました。20q、8q、4qに分かれて、野鳥が観察できるラムザール条約登録地の下池、上池を巡り、熊が生息するという高館山自然保養林の中の山道を歩きました。12時30分にはフィニッシュでき、用意された豚汁で昼食を楽しむことができました。
 夕方まで時間があったので、行くたびに不漁続きの海釣りに挑戦。防波堤から鯛などの小魚が10匹ほどつれ満足でした。2日目は、「修験のみち:羽黒山詣で」でした。

 

     酒樽叩きで歓迎     秋の気配が漂い始めた下池を巡る       ようやくの釣果


 


『2018・9・13 健康・体力づくり事業財団』
 国民の健康づくりという潮流が先進国の間で広まった中で、1978年旧厚生省は財団法人健康づくり振興財団を設立し、第一次国民健康づくり対策が動き出しました。1981年には旧文部省の国民健康・体力つくり運動協会と合併し、「健康・体力づくり事業財団」が出来上がりました。1988年には“健康運動指導士”、1989年には“健康運動実践指導者”という資格を与える健康・体力づくりの人材養成が始まりました。以来30年間、私は主として“運動実践指導者”育成にかかわってきました。2つの資格試験を受験した総数は、18万名にのぼるほどです。
 2018年9月13日創立40周年を記念する、大規模な式典が行われました。たくさんの個人、団体へ、感謝状・表彰状が授与されました。その後、寛仁親王妃信子殿下による「私の健康づくり」と題した記念講演が行われました。皇族の方の講演を直接聴く機会があまりないためか、参加者から注目が集まりました。ご自身の健康を害してからの健康づくりの経過を、指導者の役割の大切さを中心に丁寧に説明されました。話終わってから殿下を交えての記念祝賀会が行われ、和やかなうちに修了しました。

    

     表彰式                 松山から来た受賞者と


 


『2018・9・8 100歳までウォーキングの会』
 10年ほど前に両国蔵前にある江戸博物館の講堂を借りて、下肢に不具合のある人たちを対象に、ノルディック・ウォークのすすめを話しました。最期に、少しでも歩けるようになったら、みんなで自然の中を歩きウォーキングをいつまでも継続していきましょうと提案しました。それが「100歳までウォーキングの会」となって、富士山を眺めながら山中湖の岸辺を歩く、信州の山奥の鹿教湯温泉で古寺への道を歩くなど、と続いてきました。これには東京大学医学部の整形外科の2名の先生方の強いリーダーシップがあり、仲間づくりに積極的な患者さんがいたからだと思います。
 2018年9月8日と9日の2日をかけて、長野県上田市の鹿教湯温泉へ「2018水中ポール・ウォーキング体験ツアー」が行われました。安全、安心が確保されなければなりませんので、上記2名の医師、2名の看護師、6名の理学療法士、その他、ボランティアの4名の女学生が、20名の歩行が困難な人たちに同行しました。
 初日は、健康検査の後、斎藤ホテルにある室内温泉プールで、40分間ほどの水中でのウォーキングが行われました。夕食前に30分ほど、「脳のはたらきとウォーキング」と題して、私がミニ講話を行いました。2日目は前日の雨で道がぬかるんでいるので、集落にある「交流センター」を借り切って、室内での講習になりました。初めに、水中ポール・ウオーキングの動画を見てもらい、歩き方の復習をし、その後センターのフロアで陸上でのノルディック・ウォークの歩き方のチェックを行いました。
 皆さん、楽しそうでなによりでした。

 

全員集合          訓練の様子


 


『2018・9・4 バイオメカニクス学会』
 さまざまな身体運動を力学的に分析し、よりよい運動指導法の開発に役立たせるという研究分野を、現在「バイオメカニクス」と呼んでいます。この分野は、61年前に「キネシオロジー研究会」として発足し、50年前に「日本バイオメカニクス学会」と名称を変えて、2年に1度全国大会が開催されてきました。1200名を超える会員で構成されています。
 今年の25回大会は日本体育大学を会場に、2018年9月4,5,6日開催されました。50年前、1回目を開催しその後の発展に寄与したという業績から、初めての“名誉会員”に推挙され開会式で表彰されました。指導した学生たちが、優れた研究業績を上げ学会の要職に就き、このような名誉を授与してくれるよう図ってくれたことは、教育者冥利に尽きるこの上ない喜びでした。長生きはするものだと感謝しています。

 

学会プログラム表紙        教育者冥利の名誉会員証


 


『2018・9・1 猛暑乗り越える』
 熱中症で高齢者が死亡という報道が連日なされるほど、7月、8月と異常に暑い日々が続きました。暑いので運動は控えるようにという中で、われながらよく耐えられたと思います。2018年8月31日の夕刊に、「紀州の梅 業者悲鳴」という記事が掲載されました。テレビ番組で「熱中症予防に梅干し」が紹介されたこともあって、梅干しの国内収穫量の6割を占める大産地和歌山県の加工メーカーが軒並みフル稼働状態だというのです。
 私は、昔から朝起きると直ぐに大きな“梅干し”1個と、日本茶を飲む習慣があります。国内はもとより海外旅行に際しても、必要な個数と煎茶袋を持参するという徹底ぶりです。最近は、ノームプランニングという紀州四季の梅本舗社製の梅干しを食べています。この本舗は、最近蜂蜜を加えた美味しく飲みやすい“清流の源”という“梅肉エキス”を売り出しました。日本では梅干しは「古来から究極のサプリメント」と言われますが、梅肉エキスにはクエン酸、リンゴ酸、コハク酸、カテキン酸、ピクリン酸などの有機酸に加えて、「ムメフラール」という成分が含まれているそうです。血液成分が改善されるというので、今年から毎日飲むようにしています。梅干し効果が猛暑を乗り越えられた理由だと信じ、“梅干し”様様です。

 

新聞の酸っぱい警告


 


『2018・7・1 20周年記念ノルディック・ウォーク大会』
 山形県鶴岡市で毎年開催されてきた「国際ノルディック・ウォークin鶴岡」が、今年で20周年を迎えました。まだ、日本にノルディック・ウォーク専用のポールが製造されていなかった当時、フィンランドを訪問した際に眼にしたノルディック・ウォークを、日本へ導入しようと思い、住民に対してウォーキング指導を熱心に進めていた鶴岡市に開催を打診したところ、やってみようと応じてくれました。スキー場で保管しているスキー用のポールを借り受け、湯野浜温泉の砂浜で行なったのです。クロスカントリースキーの経験のない人たちに、ポールを持っての歩き方を教え始まりました。その後、年々上手に歩く人が増えていきました。並行して数社のポールメーカーが製造に取り組みだし、現在のように全国的に普及するようになったのです。2018年7月1日、真夏日の中で比較的若い400名ほどの参加者が、3q、7q、13qのルートにそれぞれ歩き出しました。
 前日には、夕方5時からサンセット・ビーチウォークと称して、特別なウォーキングが試みられました。100名ほどの参加者が、温泉街の裏山へ登り日本海を見渡して、その後夕日の沈むのを眺めながら浜辺を5q歩きました。
 市民の健康と福祉の増進を市政の柱の1つにした、富塚陽一元鶴岡市長が逝去され、7月1日に「お別れの会」が1000名を超える市民の参列の下挙行されました。平成の大合併をはさんで、17年10ヵ月におよぶ長期市政のリーダーとして活躍されました。その間、「ノルディック・ウォーク大会」開催への応援を惜しまず、大会では毎年歓迎の挨拶をなさってくれました。開会挨拶の後、私も献花をしに「お別れの会」へ参加しました。8名の代表者が弔辞を読み上げました。行政に長くたずさわった人に対する業績を、全員が次々と称えるほぼ同じ内容で、正直いってやや冗漫な印象を受けました。しかし、最後に孫がアコーデオンで「G線上のアリア」を奏で、続いて本人が好きであったという「こころざしをはたして、いつの日にか帰らん、山はあおき故郷、水は清き故郷」を、アコーデオンの伴奏の下全員起立して合唱するとういう「お別れの会」でした。

 

     サンセットビーチウオークに出発    元市長への弔意を込めて挨拶       お別れの会祭壇


 

『2018・6・23 偲ぶ会』
 体育、そして、ウォーキングの世界へと、私を導いてくれた故江橋愼四郎先生は、1943年神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会の際、答辞を読まれたことで有名です。その後、東京大学教育学部に勤務、野外教育、レジャー・レクレーション活動などをアメリカ合衆国で学び、日本へ導入されました。また、国立鹿屋体育大学の開学に尽力され、初代学長に就任されました。また、日本ウオーキング協会や日本市民スポーツ連盟の会長も歴任され、2018年4月8日に亡くなられました。
 故江橋先生を「偲ぶ会」が、6月23日に開催されました。100名近い関連があった人たちが、呼びかけに応じて参加してくれました。はじめに、発起人代表として次のような挨拶をしました。「同級生の半数近くが亡くなる年齢になって“人間死んでしまえばお終いよ”と思うようになりました。からだの一部は残りますが、死んだ瞬間こころは消えてなくなってしまいます。本人と付き合いのあった人のこころには、その人の思い出が残ります。それも、その人が死んでしまえば、消えてなくなります。こう考えると、人間は実にはかない存在だと思うようになりました。しかし、人間は出会ったいろいろな人たちとの思い出の中で生きています。本日配布した資料を読み、映写される写真を見、参会した人たちと思い出話をして、先生の記憶をこころに改めて刻んでください」
 その後、学徒出陣と学長就任に際して残されていた動画と、いろいろなスチール写真を映写し、6名の方々から思い出話が紹介され、最後に先生が好きな歌「東京の花売り娘」の録音を会場に流し、みんなで合唱し終りました。

 

   遺影の前で         数々の業績を改めて心に刻む


 


『国際市民スポーツ連盟(IVV)総会報告(於 イタリアシシリー島)』

2018・5・20「Sicilyの離島」
 成田空港からRoma経由で10数時間かけて夜遅く着いた翌々日、2台のバスに乗って2つの“離島”(FavignanaとLevanzo)へ観光に出かけました。バスで1時間15分、観光船で1時間。地中海に浮かぶこれらの島では、マグロがたくさんいた当時は、大型の定置網に入った2m近いマグロを網に追い込み、網を引き揚げながら漁師が次々と大きな木造船へ取り込んだそうです。
 マグロは大きな釜でゆで上げ、遊離した油を回収し、マグロの肉はオリーブ油漬の缶詰にして出荷していたそうです。しかし、マグロの数が減って、1981年に廃業に追い込まれ、現在は加工場跡が博物館として残されていました。大規模な工場なので漁師を含め、たくさんの人たちが失業し大変混乱しただろうと思われました。

 

マグロ加工工場跡


 

2018・5・21「IVV総会」
 “国際市民スポーツ連盟(IVV)2030”というスローガンを掲げて、組織改革をしようという提案がなされています。
 私は、
@IVV未加入の開発途上国は、近い将来機械化・省力化がすすみ経済が発展すると予想され、人びとは運動不足になることは間違いありません。それらの国々へ運動不足が手軽に解消できるウォーキングを積極的に普及させれば、歩く人が増えIVVへ加入するだろう
A先進国では高齢化が進みウォーキング・クラブ加入者とウォーイング・イベント参加者が減少傾向にあり、認知能力の低下・認知症の予防にウォーキング実践が果たす役目は大きいと声を大にして呼びかければ、高齢者の脱落が減るだろうし、中年の人たちにもそれらの予防のために歩こうとするだろう
という基調講演をしました。
 その後、英語圏、ドイツ語圏、フランス語圏に分かれて、それぞれの国の代表者が40分間討論を重ね、まとめが報告されました。特に具体案がなされたわけではありませんが、プロジェクト・チームを編成し検討することが決まりました。」
 今回の総会での最大の関心事は、2021年に開催されるIVV-オリンピアードをどこにするかでした。アメリカ合衆国のアーリントンと韓国のソウルが立候補し、プレゼンテーションの後、投票に移り韓国が圧倒的多数で決まりました。韓国人はもちろんですが、応援してきた私としてもとても嬉しく思いました。」



 

総会での基調講演


 

2018・5・22「創立50周年記念式典」
 1968年に創立された国際市民スポーツ連盟の創立50周年を記念する式典が行われました。シシリア島の南西部に位置するムザーラ・デル・バロ市の市議会が行われる庁舎で挙行されました。古い教会と思われる建物を復元した会議場で、市議会が開催されるとき市民が聴講できるように100名近い人が座れるようになっていました。
 まず、白いひげをたくわえた市長の歓迎のあいさつの後、名誉会長の50年の歴史を、事務局長が現状の問題点を、会長が今後の展望を、それぞれ話しました。その間、創立時の3ヵ国に大きなトロフィーが、各国代表には小な置物が贈呈されました。また、地元の有名な音楽専門学校の学生たちが、演奏を聴かせてくれました。


 

地元市町長の歓迎の挨拶


 

2018・5・23「会長と歩こう」
 IVV総会では恒例となっている“会長と歩こう”が行われました。12qのルートで、まず地中海を右手に眺めながら海岸通りを抜け、橋を渡ってなだらかな丘陵に広がるオリーブとブドウの畑の中を歩きます。道端にはさまざまな花が咲き乱れていました。午後早くフィニッシュして、昼食そして昼寝。


 

道端に咲く花々(左は夾竹桃)


 

2018・5・24〜26第4回「IVV-オイロピアード」
 5月24〜26日、第4回“IVV-オイロピアード”が、総会の行われた町からバスで40分ほどにある大型の“パラダイス・ビーチ・リゾート”というホテルを主会場に行われました。長い砂浜が広がる景色のよい丘の上に建つホテルで、6,12,20qのウォーキング、300mのスイミング、25qのサイクリングが行われました。スタート時刻は自由で、14時30分までにフィニッシュするようにという決まりです。
 初日は砂浜を往復しました。歩きづらいので帰りは裸足になって、波打ち際を歩きました。その後、40mほどの長さのプールで300mを3回泳ぎました。というのも、水が冷たくて、休んで日光浴をして暖を取る必要があったからです。


 

大会会場のホテル       水泳プール


 2日目は、疲れたので休養。しかし、16時30分から、宮殿の遺跡のある記念公園で、閉会式が行われました。円柱が並び立つ宮殿の横には、壊れて修復されないままの円柱などがころがっていました。公園の入り口から、地元の音楽舞踏団が先頭にフラッグを掲げて、高さ30m以上はあると思われる宮殿の遺跡までパレード。宮殿前の仮設のプラットフォームでは、少女合唱団がベートーベンの交響曲第9を合唱して出迎えてくれました。ホテルに戻り夜10時からの食事。
 3日目は、主会場までバスに乗り、6q歩いて、300m泳ぐのを3回繰り返しました。

 

民族衣装のパレード   修復された宮殿の遺跡


 

2018・5・19〜26「地中海での釣り」
 総会やウォーキングの合間に、地中海で釣を試みました。フランス、トルコで経験していましたので、なにかしら釣れると確信していたからです。
 ところが、離島への観光では釣りはできないと言われ、釣り具を持参しませんでした。しかし観光船内で食事をしているときに、パスタを海へ放り込むとやや大きめのたくさんの魚が寄ってきました。魚がいないわけではなく、その時釣り具を持参しなかったのがとても残念でした。
 その後、持参した釣り具をもって、漁港の近くの防波堤で釣り始めました。前の晩の食事に出たタコとエビを刻んで餌にしましたが、15pぐらいのハゼが釣れただけです。近くで見ていた人が、ゴカイの餌を分けてくれました。10pほどのハゼが釣れました。翌日の早朝、ホテルの前で残っていたゴカイを餌にすると、見たことのない魚が2匹釣れました。餌が無くなったので、釣具屋を見つけて、ゴカイがあるかと尋ねたところ売り切れでした。
 どうしても釣りたい思いで、歩いているとき見たカタツムリを砕いて餌にして釣りました。確かに浮きがピクピク動き食いつているのがわかりましたが、釣り上げることができませんでした。持参した釣り針が大きすぎたのも釣れなかった理由かもしれません。しかし、紺碧の空に、海、地中海の海岸を満喫することができました。

     

     見たことのない魚         餌にしたカタツムリ  地中海の花 アカンサス


 


『2018・5・11 九州国際スリーデーマーチ』
 国際マーチングリーグ」(IML)に加盟する「九州国際スリーデーマーチ」の第24回大会が、2018年5月11,12,13日に開催されました。数年ぶりの参加でした。以前にはなかった“歩くからこそ気づける景色 やつしろの風を仲間とともに”というキャッチフレーズが今年の大会の合言葉でした。
 IMLは面積の広いアメリカ合衆国を除けば、1ヵ国1都市と決められていましたが、解除され東松山の日本スリーデーマーチに対して、1000q以上離れた八代市での大会が認定されました。以来、日本人に加えて外国からの参加者が増えました。今年はヨーロッパ、アメリカ大陸からと、近いせいか台湾やロシヤのウラジオストックからもウォーカーが参加していました。これまでにも留学生などが、ウォーキング大会に参加することはありましたが、八代市で働くインドネシアの若い女性が、5名参加しているのには驚きました。外国から来た意欲ある人々にいろいろな形で応援したいものです。
 大会会場は球磨川の広い河川緑地に、大きなテントを中心にたくさんの小さなテントが並んでいました。初日は雲1つない快晴で、八代市内を歩く10qの「八代亜紀絵画コース」を選びました。500mを越える長い橋を渡って日本製紙の工場の裏を通り在来線の八代駅へ。そこから街中の遊歩道を歩き、広々とした球磨川の土手道を経て、再び長い橋を歩いてフィニッシュしました。26度を超える陽射しの強い中でのウォーキング。すっかり疲れビールを1杯飲んだ後は、しばらく立ち上がれないほどでした。
 2日目は、九州新幹線の「新八代駅周遊柑橘コース」の10qを歩きました。駅を出ると田植の準備が始まった田んぼの間に、まだ1mぐらいの高さの“いぐさ”を育てる畑が点在。斜面に柑橘類の木々が見られる小山の裾に沿って歩きます。初日と同様に快晴で気温も高く、汗がデイパックにまでしみこむほどでした。
 3日目は朝から小雨、しだいに強くなるという予報でしたが、所用があって朝のうちに帰京しました。

 

大会会場


 


『2018・4・13 仲人の訃報』
 東京大学教養学部から進学に際して、水泳部の先輩江橋慎四郎先生から誘われて教育学部の体育学コースへ。以来体育の分野での研究・教育に、生涯を尽くすことになりました。1962年3月、私どもの結婚式で仲人を引き受けていただきました。人前結婚式と称して、仲人からの紹介の後、“2人は結婚することを誓います”と100名ほどの出席者を前に誓詞を読み上げました。それから56年が経過して、2018年4月8日先生は97歳で亡くなられました、その10日前に現役の水泳部員がお見舞いに行き、かなり長い時間昔話を聞いたそうです。認知症にもならず安らかに亡くなられたのは、若いとき泳いでいて、50歳を過ぎるころからウォーキング協会に関係され、よく歩いていたからでしょう。
 私は、定年退職後先生に言われてウォーキング協会で手伝うようになりました、日本市民スポーツ連盟は、1993年に江橋先生が初代会長となって結成され、1994年國際市民スポーツ連盟に加盟しました。卒寿の会を開き、次は白寿の祝いをと期待していました。先生が93歳のとき、伊豆フラワーマーチで一緒したのが最後でした。
 かなたの空での再会を期して、合掌。

 

   結婚式           卒寿の祝い     


 


『2018・4・7 指導員研修会』
 ノルディック・ウォークの指導員が3000名を越えたといいます。その指導員を養成する上級指導員の研修会が毎年開催されています。今年の春は、2018年4月7,8日長野県小海町で行われました。松原湖に近い標高1500mの高原リゾート地に、60名近い上級指導員が全国から集まりました。私は「歩く方が、歩かないよりずっといい」と題して、多岐にわたって実践されているウォーキング実践の現状と直面する課題について解説しました。そして、今後次の3点に指導の重点を置くべきではないかと話しました。
 @ 少子化が進む小学校期でのウォーキング指導の必要性
 A こころの病に陥りやすいはたらき盛りが日常生活から離れてウォーキングを実践する効用
 B 加齢にともなって増加する認知症予防のためのウォーキングの効果
 ノルディック・ウォークの指導員は比較的若く、講義を聴く態度もとても熱心でした。初日の夕方から、前線の通過にともなって雪が降り積もりましたが、2日目の実技研修も元気に行われました。小海町は、湖があってフィンランドに風土が似ていることから、フィンランド大使館の別荘があります。全日本ノルディック・ウォーク連盟創立10周年の集まりを、来年の夏至の日を中心にフィンランド大使館にも声をかけて小海町で行うよう準備するそうです。今年の春に選出された新しい小海町の黒川町長も乗り気で、来年が楽しみです。

 

 実技研修             集合写真     


 


『2018・3・23 東亜フラワー・ウォーキング・リーグ』
 3月の韓国済州島西帰浦市の“菜の花”、5月の日本久留米市の“つつじ”、5月の中国大連市の“アカシア”の花をテーマに「東亜フラワー・ウォーキング・リーグ」が結成されて、10数年が経過しました。今年は、その1である「西帰浦市国際ウォーキング・フェスティバル」が第20回の節目を迎えたので、IVV会長、IVV-Asia会長へ参加が要請されました。私にとっては、10数年ぶりの参加です。済州島の中央には標高1947mのハンナ山がそびえています。西帰浦市は飛行場のある済州市から山をはさんだ真南に位置します。
 菜の花が満開でしたが、他にも、ツバキの花が咲き乱れ、柑橘類のお土産物屋が並んでいます。2018年3月23日、島の東端にある世界自然遺産“日出峰山”へ観光に出かけました。古い火口の外輪山から、たくさんの人が日の出を拝みに来るのでその名がついたそうです。180mの頂上まで、階段を登り切りました。眼下には火口、遠くには対馬海峡が眺められる絶景でした。夕方から、記念の植樹祭が公園で行われ、その後、ホテルで歓迎パーティがありました。日本、中国の他、ロシア・ウラジオストック、そし地元から大勢の参加者が着席し、相互に挨拶、記念品の交換が行われました。国際大会ならではの、国際交流の光景でした。
 初日は快晴で、参加人数は7〜800名か、若者たちがたくさんいるのには驚きました。スタート前に長さ50pぐらいのバケットのサンドウィッチが、30本並べられ、代表者たちがナイフでカットして、参加者に振る舞われました。他では見たことのないサービスです。8名の代表者が檀上に立って、直径50pの金属製のドラムを一斉に叩き、20q参加者からスタートして行きました。

   

頂上への階段    

 

記念植樹                バカでかいサンドイッチ            


 


『2018・3・17 かんじき雪上ウォーク』
 山形県鶴岡市の「てくてく健康ウォーク」は年間25回開催され、そのうち、雪深い冬季に2回「雪上ウォーク」が行われます。2018年3月17日に参加しました。深い積雪のためスキー場のリフトが動かなくなり休業するほど、今年は雪が多かったといいます。
 朝9時から準備体操をして、諸注意があった後、リフトで標高550mから700mまで上ります。そこで、“かんじき”を履き、前日降った10pぐらいの新雪の上を途中で休憩を2回とりながら標高800mまで上りました。そこは晴れていればビューポイントのはずでしたが、曇りで日本海までは見通せませんでした。下りは、スキー場の横を通っていきます。約2時間30分間歩き通せたので、われながら満足しました。雪上を歩いたことの無いたくさんのウォーカーたちに、純白の雪原、枝に雪を載せたブナ林の中を歩くすばらしさを、是非体験してみることを勧めます。清新とはこういうことのように思います。
 雪上ウォークの前日、強風の中を漁港の堤防を風避けにして、釣りに挑戦しました。趣味といえ、3時間ほどでからだが芯から冷え切って止めることにしました。やっと釣れた30pぐらいのホッケ1匹を宿に持ち帰って塩焼きにしてもらい、こりこりした白身をおいしくいただきました。

 

清新の雪上を歩く

    

リーダーと記念写真          釣れたホッケ  


 


『2018・3・10 東京大空襲』
 今年「江戸川区平和祈念展示室」が開設されたという新聞報道を読んで、2018年3月10日江戸川区小松川へ出かけました。18歳まで暮らした懐かしい下町です。3期生として卒業した小松川一中が創立70周年を迎えたと思い、立ち寄ってみました。確かに校舎の入口には記念の植樹がなされていて、去年の秋に式典が開かれたと聞かされました。
 そこから、第二次世界戦争前から千葉街道と呼ばれている広い道を横切って、「小松川さくらホール」という区営の施設を訪問しました。ホールを入って左側のオープンコーナーが「平和祈念展示室」です。3月9日の深夜に投下された焼夷弾が2個並べられていて、壁には終戦前後のありさまを記したパネルと写真が飾られていました。なかでも、私が集団疎開した山形県の湯野浜での児童たちの集合写真があり、思い出がよみがえってきました。コーナーでは、80歳を越えたと思われる数名の年寄りたちが当時の記憶を、思い出し語り合っていました。

   

空襲の当日の模様      学童疎開(湯野浜)


 


『2018・2・25 東京マラソン』
 12回目となる東京マラソンが、2018年2月25日曇り空の下で行われました。3万6000名が参加したそうです。2度目の参加となる娘を応援しようと、家から近い神田須田町へ出かけました。すでにたくさんの人たちが沿道に立ち並んでいて人の肩越しでしか見れず、走ってきた娘に声をかける間もありません。娘が走り過ぎた後、トップの選手を見ようと歩いて東京駅の前にできた行幸通りへ行きました。ここでは規制が厳しく、近くで見ることができません。そこで丸ビルの裏へ回り、ビルの内にある大型テレビを見ながら待つことにしました。トップのケニアの選手が近づいたので、人ごみの間から垣間見ましたが、あっという間に走り去っていきました。ちなみに、娘は4時間13分11秒で、女性7893名中1922位でした。
 大型テレビで見ていると38q過ぎから、設楽選手が次々と追い越し2位になったので、続けて見物しました。16年ぶりに、日本記録を5秒ほど短縮した記録は立派です。日本記録を突破すれば実業団陸上競技連合から1億円の賞金が贈られることになっています。本人は「半端ないくらいうれしい」と喜びを語っていました。ピョンチャン・オリンピック金メダル獲得者へのJOCからの賞金500万円に比べ、確かに半端な額ではありません。
 1億円につられて走ったわけではないでしょうが、ケニアやエチオピアの選手たちが賞金を求めてトレーニングを積み、世界のマラソン界のトップを君臨しているのをみれば、“お金の力”は、無視できないでしょう。スポーツの成績がお金で評価されるようになったことを苦々しいと感じながらも、今更しかたがないと思う人がいるでしょう。

   

神田須田町を走り抜ける  フィニッシュ直前の観衆たち


 


『2018・2・17 花へんろ足摺温泉ジョン万ウォーク』
 太平洋に面した足摺小学校の校庭を中心にしたウォーキング大会が、2018年2月17、18日に 第13回を迎えて開催されました。“花へんろ”の花はヤブツバキの花で、岬周辺には15万本が自生し、2月には咲き誇るということです。残念ながら今年は寒さが続き、陽当たりのよいところを除けば、咲き乱れるほどではありませんでした。
 初日は右手に太平洋を眺める6q、22q、30qのルートが設定されていました。私は6qを選んで歩きました。自殺で名高い高い岸壁の上に造られた湯歩道からは、眼下に黒潮が岩場に当たる波しぶき見られます。しばらく歩くと、足摺岬灯台がそびえているのが眺められます。そこから、四国霊場の中で最南端にある三十八番札所“金剛寺”を、詣でました。古びた本堂の前には、高知で採れるという大小の赤っぽい岩、青っぽい岩、灰色の岩で囲まれた池があり、とても落ち着いた境内でした。フィニッシュすると、熱々の“つみれ汁”と“ぜんざい”が用意されていました。汁をいただいた後、直ぐにホテルに戻り、男子フィギア・スケートの決勝で金・銀獲得を見て感激しました。
 2日目も快晴、遠くへ帰る人のために、午前8時7.5,15、22qすべてのートが、一斉にスタートしました。左手に太平洋を眺める道です。親木に寄生して気根を垂らし、最終的には親木を覆い尽くして枯らしてしまうという“締め殺しの樹木”といわれるアコオの大樹があります。樹齢300年という国の天然記念物に指定されています。初めて見上げた不思議な大木には圧倒されました。
 小学生が24名という過疎に見舞われていますが、市内のボランティアたちが暖かく接してくれる大会です。遠いところですがそれだからこそ、自然から遠ざかって生活している都会の人たちに、是非一度は歩きに行ったらと勧めたいと思いました。

     

足摺岬灯台  ツバキの花   38番札所金剛寺


 


『2018・2・16 土佐清水市』
“東京から最も時間がかかる市”と開き直ったような宣伝文句が、土佐清水市のパンフレットに記されています。高知駅から3両編成の特急で、1時間49分で、近くを四万十川が流れる“中村”という駅で下車しました。商店も食堂もないさびれた駅前には、魚を手づかみにする少年の像が立っていました。
駅からバスに乗り1時間50分、土佐清水市足摺岬へ到着しました。確かに、羽田空港から高知空港までの飛行機、空港から高知駅までのバスなど、乗っている時間に待ち時間を含めると、8時間はかかってしまいます。
 しかし、四国の南端にある市で、“駅なし、高速道路なし”、でも“海あり、山あり”とパンフレットで自慢する黒潮がもたらす豊かな自然は、素晴らしいところです。他にも、鰹節の産地、また幕末から明治維新にかけて国際人として活躍したジョン万次郎が誕生した所として有名です。
 ホテルの窓からは、夜空に満点の星が輝き、夜明けには真っ赤な太陽が水平線から昇るのを見ると、東京から時間をかけて来た甲斐があったと満足でした。

        

水平線から上る朝日      ジョン万次郎       少年の像


 


『2018・2・15 成人女性だけのスイミング・クラブ』
 数年振りに高知市を訪れました。日本の“三大ガッカリ”といわれる、有名なわりには実物を見てガッカリという“はりまや橋”近くのホテルに宿泊しました。
高知市内に女性だけのスイミング・クラブを立ち上げてから、今年で40周年を迎えるそうです。県営や市営の温水プールをコース借りして、成人女性を対象に水泳指導を始めたのは山崎誠子さんです。一人では手が回らなくなり、次々と指導者を養成して、現在は42歳から91歳の200名近い女性が、毎週定期的に泳いでいるのです。
 クラブの6名の女性と、「鯨酔亭」で鯨の肉のメインの鍋と、カツオやアジの刺身で歓談しました。最大の悩みは、会員が高齢となり、親や連れ合いの介護、孫の世話で時間が取れなくなりクラブを退会する人が増えてきたことだそうです。
 高知の女性はアルコールが強く、生ビールをジョッキで乾杯した後は、日本酒の熱燗の徳利を何本も空けてしまいます。飲みながら高齢人口の増加にかかわる身近な話題で、話がはずみ2時間30分があっという間に過ぎてしまいました。日本でただ一つの成人女性だけのスイミング・クラブ、是非とも長く続けて欲しいと思いました。

     

はりやま橋       高知出身の幕末に活躍した3人


 


『2018・1・13 未来創造展』
 勤めはじめてほぼ10年になろうという「首都医校」は、学校法人日本教育財団の下に設置されています。姉妹校には、「東京モード学園」と「HAL東京」があります。「東京モード学園」は服装デザインを、「HAL東京」はコンピュータ・グラフィックを、それぞれ主とした専門学校で、年に1回学生たちの作品の展示発表会「未来創造展」が大規模に行われてきました。人に見せる作品を制作するので、このような展示会は学生にとって刺激になります。この展示会へ「首都医校」も参加するようにと誘われて、数年前からブースを開いてきました。
 2018年1月13日に、東京ビッグサイトで「Love Monsters」というタイトルの下でにぎやかに開催されました。医療専門の「首都医校」の学生は、人に見せるものを製作することを学んでいるわけではありません。しかし、この機会に、自分たちが目指す「チーム医療」という取り組みを展示し観覧者へ説明することは、将来人に接して仕事をする学生にとっては有益なことです。今年は、8つの領域から学生が集まって、講義している教師が心臓発作を起こし倒れ、その救急処置から、治療、そして、回復後のリハビリテーションというストーリイで展示がまとめられていました。いろいろな人たちから説明を求められて、真剣に答える学生の姿がとても印象的でした。

     

チーム医療とは      愛をつなぐモードとITと医療


 
 


『2018・1・2 浅草寺初詣』
 今年は車で朝9時空いているうちにと、やや早く出て浅草寺へお参りに行きました。まだ交通制限がなくスムースに雷門に着き、門前にある文明堂で、毎年買う“うずらのたまご”を購入。かなりの人出でしたが、外国語が飛び交う中、仲見世の通りを進むことができました。去年のお札を返却し、“今年もよろしく”と、お賽銭を投げ入れ拝みました。
 辞めてから、すでに日本ウオーキング協会の会長は3代目となりました。本堂の裏手を列を連ねて歩くウォーキングのグループに出会い、元会長としてなつかしく感じました。帰りには、今年も無事にとの願いを込めて、新しい「厄除」のお札を求めました。夜になって、「スーパームーン」というので夜空を見上げました。

     

2018浅草


 
 


『2018・1・1 元旦皇居1周ラン』
 過去30年以上続いてきた、元旦の皇居1周ランニングに挑戦しました。今年の元旦は、これまでになく快晴でした。大手町から左回りの約5qの距離です。6時45分に走りはじめて、三宅坂の上までは上りが続き、初日を拝むたくさんの人がいる坂の上からは、下りで桜田門をくぐり、二重橋を左手に見てフィニッシュです。所要時間は56分、歩くよりちょっぴり速いスピードでした。82歳になる今年も、元気に走り抜けたいものです。

         

        元旦からにぎわうお堀端           2018皇居


 
 


『2017・12・22 低酸素トレーニング・センター』
 標高2400mのメキシコ市でオリンピックが開催されることが決まり、1965年から日本の競泳選手たちは高所順化のため、3週間の合宿を行いました。この合宿はその後毎年行われ、合宿後の選手たちに時差のないカルフォルニアでのレースに参加させました。その結果、半数以上の選手たちが自己ベストを更新し、高所トレーニングの効果が確認できました。
その後、およそ50年間、日本の競泳選手たちは高所トレーニングを続け、オリンピックで複数のメダルを獲得できるようになりました。その好成績を収める一つの要因として、高所トレーニングの継続が注目を浴びるようになったのです。
 時間や経費のことを考えると、日本国内にそのようなトレーニング施設が必要と、いろいろな人たちに相談してきました。幸い、賛同してくれる人たちに巡り合えて、2017年10月に江東区豊洲に50mプールを含む複合低酸素トレーニング・センターの建造が始まりました。これを機会に、2017年12月22日に「低酸素トレーニングの近未来」と題したシンポジウムを、東京大学の「スポーツ先端科学拠点」が共催となって、開催されました。予想していた人数よりも多い参加者が集まり、「ハイブリット・アスリート・トレーニング・センター(略称HAT)の第1弾のお披露目としては成功でした。
 「トレーニングは酸素不足との戦いである」と題した基調講演をした私は、この世界初となる大規模低酸素トレーニング・センターHATが、効率よく利用され、来る「2020東京オリンピック・パラリンピック」で、日本選手が好成績を残すことを願っていますと、述べました。有難いことに、私の50年来の夢が叶いそうです。

         

         ハイブリッド・アスリート・トレーニングセンター(略称HAT)        シンポジウム
                  ※イメージ図   

 
 


『2017・12・9 快気祝いでグアムへ』
 “同病相憐む”という中国の古い言葉があります。50年以上連れ添った夫婦が、同時期に眼が見えにくくなり、白内障と診断されました。9月に妻が日帰りの手術を、1月遅れて私は入院しての手術を受けました。私が心配したのは2ヵ月間禁酒が守れるかでした。幸い、10月は気温が低く汗をかいてビールを飲むという気分にならず、アルコールなしでも生活できることを経験することができました。ところが毎週2、3日は泳いでいたのが、感染予防のためプールへ入ることが禁止され、運動不足になってしまいました。
 術後40日が経過すれば、泳いでもよいとの医師の診断で、2人の快気祝いに海のきれいなグアムへ行く予定を立てました。マイレージが溜まっていて、シーズンオフのこの時期は、格安特典で娘2人を含めて、グアム往復の航空賃が無料となり、4人が一緒に宿泊できる安価なコンドミニアムが予約できました。夫婦とも数10年ぶりの海です。妻は娘2人に手を引かれて浅瀬でのウォーキング、私はゴーグルをつけて色とりどりの魚を見ながら泳ぐことができました。1時間30分海にいて、日焼けで水着の跡がつくほどでした。帰国の日の早朝から、娘とゴルフを楽しみました。打ったボールの行方が見えるようになって、手術をしてよかったと実感できました。
“同病相憐む”といっても、認知症や脳梗塞でなくて本当によかったと思っています。しかし、何時かは訪れる病魔に怯える年齢になったかと、つくづく実感しています。

    

 妻と娘

 
 


『2017・11・18 第6回遍路道ツーデーウォーク』
 「道後湯けむり遍路道ツーデーウォーク」は、日本病院脳外科学会の市民公開講座のコラボ事業として、ノルディック・ウォークに特化して発足しました。その後発展して第6回大会が、2017年11月18、19日に、愛媛県松山市道後温泉に近い公園を中心として開催されました。
 18日は、松山市から35km離れた高原へバスで送り迎えしてもらえる、「久万高原紅葉の遍路道満喫コース」と名づけられた12qに挑戦。標高1000m近い高原にある45番札所の岩屋寺から、44番札所大寶寺まで紅葉真っ盛りの渓流沿いの遍路道を歩きました。明け方まで降っていた雨で濡れた落ち葉で滑りやすい石畳の道、最後は標高差200mぐらいの上り坂。汗をかきながらゆっくり上り、頂上からはうっそうとした杉林の中を下りました。距離の割に時間のかかるコースでしたが、樹齢800年という杉や檜の巨木が連なる参道の奥にある大寶寺で、こころが癒されました。
 19日は、「四ヶ寺をゆっくり巡るよくばりコース」と名づけられた8qコースの挑戦。道後温泉からバスで、円明寺、大山寺、繁多寺を順にお参りし、繁多寺からは歩いて石手寺に寄って道後温泉へもどるというコースでした。1200年前に建立されたという52番札所大山寺の本尊は薬師如来。“健康長寿亀守”という、天然石メノウがついたお守りを購入しました。
 この大会は、地元のウォーカーたちボランティアによる、お接待がたくさんあります。各コースの途中に設けられたスタンプを押印する所には、お茶、炊き込みご飯のおにぎり、いなりずし、みかん、ピザ、あんぱん、などが用意されていました。また、フィニッシュすると、温かいお汁粉が待っていました。お遍路さんへの“おもてなし”の風習が残っています。有難いことです。

     

 スタート前の準備運動          大寶寺           遍路道を歩き出す      

 
 

『2017・11・9 願い適う秋の山陽行』
 水がきれいで酒造りが有名な西条市の郊外にある、友人の山に松茸が採れるというので、3年前から毎年出かけてきました。1昨年は2本採れましたが昨年は収穫ゼロ、今年こそはと2017年11月9日に出かけました。あまり見ることができなくなった干し柿が、庭先に吊り下げられた農家から、直ぐ近くにあるなだらかな山です。落ち葉をかき分け、ようやく1本見つけることができました。仲間が3本採ったので、広島市のレストランへ4本持ち込んで、すき焼きの中に入れて美味しくいただくことができました。
 10日は、第6回日本ノルディック・ウォーク学会が、倉敷市で行われました。2本のポールを持って歩くのは、ふつうの人の健康体力に有効であるばかりか、高齢や障害で歩行が困難になった人たちへの運動手段として、特にリハビリテーションの方法として、きわめて有効です。ですから、医師、理学療法士、健康運動指導士などが強い関心を抱いていて、300名近い人たちが参加しました。
 翌12日は、学会会長を務められた重井文博先生が理事長の医療法人創和会が運営する健康増進施設「はあもにい倉敷」で、水中ポール・ウォーク研究会が開催されました。午前中はプールで体験会が、午後は講演と研究・臨床報告がなされました。地方自治体が所有する温水プールで、積極的に取り入れられることを願っています。

    

   獲れたマツタケ              水中ポール倉敷      

 
 


『2017・11・5 花梨の黄色い実』
 2017年11月5日の新聞に、東京北区のJR赤羽駅前商店街の並木に、花梨(カリン)が黄色い実をつけたという記事が記載されていました。5人いる孫娘の名前は、上から桜、桃、杏、梅、梨です。末娘の梨はカリンと読みます。見たことのない花梨の実を見に行こうと、5qほど歩き、電車に乗って赤羽駅に着きました。久し振りに訪れた赤羽駅の高架線路の下には、新しい食品店が並び見違えるように変わっていました。
どこにあるのか駅の周りをうろうろ探し、ようやく線路沿いの西側の道にたくさんの実をつけた花梨の並木を見つけました。8歳の娘は、見たことがなかった花梨を見て大喜び、落ちていた実を大事に持ち帰りました。

    

   花梨の実      嬉しそうな梨

 
 


『2017・11・3 日本スリーデーマーチ』
 日本最大のウォーキング・イベント「日本スリーデーマーチ」の第40回記念大会が、2017年11月3日から始まりました。埼玉県東松山市を中心とした地域です。雲一つない秋晴れの休日とあって、3万2000名近い人たちが、朝6時から11時の間に距離の長い人から順に歩き始めました。久し振りにステージに立って、10qルートのスタート前の人たちに「私はゆっくり歩きますから、遠慮なく追い越してください」という短い挨拶が皆さんの笑いを誘いました。
 外国からの参加者は韓国、台湾からそれぞれ40名近くで多くなりましたが、ヨーロッパからは80名とやや減少したようです。20分ぐらい歩くと市街地を抜け、赤い実をつけた柿の木があちこちに見られるようになります。稲穂が刈り取られた田んぼの中を歩くと、秋を実感することができました。国立の森林公園は無料公開となっていて、大勢の人たちであふれていました。そこでウォーカーたちは昼食を摂っていました。
 60歳から参加するようになりましたが。当初は20qのルートを3日間、歩き通しましが、今では10qがせいぜい。長い距離が歩けなくなり寂しい限りですが、ある意味では順調な年の取り方かもしれません。そして、歩けなくなったとは言え、私のこれまでの蓄積をいろいろ場面ではき出すことで自らの歩みにしたいと思っています。

    

   ステージでの挨拶      歩き終わってひと休み

 
 


『2017・11・1 国際ウォーキングフォーラムインジャパン』
 今年は、国際マーチング・リーグ(IML)が創立して30周年、日本スリーデーマーチは40回目となる節目の年です。この機会に、日本ウオーキング協会は朝日新聞と共催で、「国際ウォーキングフォーラムインジャパン」を2017年11月1日に開催しました。思い起こせば、10年前第30回となる日本スリーデーマーチを記念して「ウォーキング ワールド」という国際シンポジウムが開催されました。ちょうどIML創立20周年、国際市民スポーツ連盟(IVV)創立40周年に当たり、それぞれの国際組織の役員が出席しました。当時、日本ウオーキング協会名誉会長、国際市民スポーツ連盟副会長であった私がまとめ役を果たしました。
 これまでのウォーキングの国際シンポジウムでは、健康そして国際交流が主たる話題でした。今回は、IML会長、東松山市長に加えて、国土交通省、経済産業省、旅行者から講演者が選ばれ、道路整備、観光振興、経済発展、地域振興に対するウォーキング運動の波及効果が中心話題でした。私は、「歩いているから健康である:We are healthy because we are walking」と題して講演しました。調べてみたら10年前にも「People are healthy because of walking in their daily life」と提案していて、私の主張が10年間変わらないのに驚きました。
シンポジウムは150名近い聴衆が集まり盛会裏に終わりました。その後、外国からの参加者を中心として、皇居周辺を5q、10qに分かれてYOKOSO JAPAN WALKを秋晴れの中、楽しく歩きました。

 

   IML会長Marc Muller氏と挨拶   

 
 


『2017・10・22 白内障の手術』
 周りの老人から、白内障の手術を受け明るく見えるようになったという話を聞くようになりました。数年前から眼科で診てもらい白内障が進行しているが、もっと見えにくくなった方が手術の効果が実感できるといわれてきました。今年の夏ごろから、人の顔が二重に見えるようになり、東大病院で手術を受けることにしました。左眼を10月6日に、右眼を20日に、それぞれ3泊4日で手術を受けました。入れたレンズは遠くが見えるものです。確かに、周囲が明るく見えるようになりました。以前は薄墨が覆っていて目立たなかった自分の顔のしわやシミがはっきり見え、これでは乗りもので席を譲られるのも当然と実感したしだいです。世の中、見えすぎるのも考えものでしょう。
さて、総医療費は両眼で約45万円、そのうち約13万円は自己負担です。私の今年の納入する後期高齢者医療保険費57万円ですから半分以上使ってしまいました。歯の治療も続けていますから、もっと増えるのでしょう。3割自己負担が、かなり響くのを実感しました。

 

     片目でかなりクリアに、両目になったら・・    

 
 


『2017・9・28 登院式』
 「登院式」とは聞き慣れない言葉です。1948年に制定された「歯科衛生士法」に基づいて、歯の治療にかかわる新しい国家資格が誕生しました。高等学校を卒業後2年以上の教育を受け国家試験に合格すれば免許を得ることができます。私が校長を務める「首都医校」に2年前から歯科衛生学科が誕生、1期生が学内での教育を得て10月から臨床実習へ出かけます。病院へ実習に出かける学生に「登院許可」を与える儀式が「登院式」です。2017年9月28日行われました。
 おそろいのピンクの実習服の学生30名を前に挨拶をし、次のような「登院許可」を申し渡しました。「入学以来、歯科衛生専攻の学生として、1年半かけて、必要な知識、技能、態度の基礎を学びました。これから、臨床の場で、実践的な知識、技能、態度を身に着けることになります。本日ここで、皆さんが実習生として、臨床の場へ出かける資格を身に着けたことを認め、その決意を改めて感じて欲しいと“登院式”を挙行することになりました。」そして「健康なからだと心をもって、輝かしい目標にむかって進んでください。」と結びました。その後、担任の教員から実習の場で胸に付けるネームプレートとバラの花一輪が、それぞれの学生に手渡されました。

  

               登院式                        登院式のプログラム    

 
 


『2017・9・27 中高年女性水泳教室』
 東京大学を定年退職した後、「人間福祉学科」新設に際し東洋英和女学院大学へ就職。福祉は、からだから、こころから、加えて個性を持つ人間から、その人間が構成する社会から、という4つの側面からのアプローチによって成り立つと、学科編成の背景を提案しました。そして、自分が専攻する分野の中核として「身体福祉論」を構築、からだに不具合がある人たちが十分運動のできる室内温水プールが必要と大学へ提案。入口からプールサイドまで1pの段差もなく、車いすのまま入水できるスロープつきのプールが完成しました。このプールは、完璧といってよいほど、からだに障害があっても利用しやすい「アクア・エクササイズ・センター」と呼ばれています。18年経ってもきれいで、他では見られない施設です。この施設のおかげで、水中運動の指導実習の対象となってもよいと承諾を得たからだに不具合のある人に対して、人間福祉専攻の学生たちは直かに接する機会ができるようになりました。加えて、大学の生涯学習センターは、地域に住む女性を対象に水泳教室を開催、多くの人たちに開放されています。
 東洋英和女学院大学退職後は、学生の休暇中に近くの中高年女性を対象とした集中的な 「Intensive水泳教室」を開催、指導に当たってきました。2017年9月25〜27日の3日間、60歳代を中心とした8名の女性に、クロールと平泳ぎを“ゆっくり・きれいに泳ぐ”を目標とした水泳指導をしました。人工股関節の人、高血圧で薬物を服用している人などを含め、事故があってはいけません。90分間の指導中は目が離せませんから、とても神経をつかいます。みなさんに、満足してもらえたどうか。無事終了してほっとしたところです。

   

       東洋英和模範水泳前       東洋英和全員集合    アクア・エクササイズセンター前で   

 
 

『2017・9・24 オープンウオータースイミング』
 国内では2000年から始まった、海、湖、川などで記録を競うオープンウオータースイミング日本選手権大会が、2017年9月24日開催されました。アメリカでは見たことがありましたが、日本では初めてです。会場は、東京オリンピックで予定されている「お台場海浜公園」の海です。レインボーブリッジの近くで、海越えに高層ビルが眺められる人工の湾内です。海の水は透明で、水温は24度でした。1周1255mの4角形の水路を8周、合計10qを泳いで記録を争います。途中1回の水分補給が認められています。登録選手は予選を通った男子76名、女子40名です。途中2名が脚にけいれんをおこし棄権しましたが、全員2時間ほどで泳ぎ切りました。まだ世界の水準には届きませんが、これからのトレーニング成果が期待されます。メキシコ市で高所トレーニングを開始し、その効果を確認しました。その後国内に高所トレーニング場を造りたいと願っていましたが、半世紀経てやっと低酸素トレーニング施設という形で建造が決まりました。敷地はお台場近くの豊洲で、建築計画の看板が立っているのを確認しました。嬉しい限りです。完成までの1年8ヵ月、待ち遠しいです。

   

        OWSを力泳する選手        ゴールタッチ      低酸素トレーニング施設建築計画

 
 


『2017・9・21 歩けなければ、キノコも採れない』
 もう松茸が出ているかもしれないと、信州の鹿教湯温泉の山に登りました。25〜30度の急斜面を這いつくばって登りました。登りながら来年は登れないかもしれないと思いつつ、汗をかきながら目的の赤松林にたどり着きました。松茸は見つかりませんでしたが、美味しいという2種類のキノコを採ることができました。“秋なす”と油炒めで調理してもらい、ビールで乾杯、歩けなくなれば楽しみがしだいに減っていくのかと、つくづく思い知ったキノコ狩りでした。来年は、這いつくばって登らないでも取れるおいしいキノコ採りに行きたいものです。

  

                      シメジ類か          

 
 


『2017・9・18 江東区12週間ウォーキング教室』
 平成元年から始まった、江東区健康センターが主催する「12週間ウォーキング」講習会の開会式が、2017年9月18日台風一過の強い日差しがさす、“敬老の日”に行われました。今回で29回目となります。おそらく、自治体主催で始まったウォーキング教室の最初だったと思いますし、それが途切れずに続いてきたのは驚きです。
 毎年、敬老の日に始まり、12週間後の12月に終了です。短いウォーキング日誌をつけるようにと、冊子を渡します。自分だけでは飽きてしまうだろうから、毎週土曜日にみんなで歩きます。歩く距離は、3qから順次伸ばし、最後の土曜日には10q歩けるようになるのが目標です。この教室修了者が自主的に、ウォーキングクラブを結成して定期的に歩いています。現在クラブ数は、15あるそうです。開校式で歩くことを勧めてきた者としては、成果があったと喜んでいるところです。
 循環器専門の川久保先生と一緒に、29年間「敬老の日」は休むことなく参加し続けてきたのには、自分ながら驚いています。それも一緒に歩く仲間がいることが、可能にしたと思っています。同じ方向を目指す仲間がいることが、いろいろな可能性を教えてくれます。

  

                   60分を超える講演          熱心な参加者

 
 


『2017・9・17 修験のみち』
 これまでは鶴岡の「里山あるき」は1日で終わっていました。しかし、せっかく遠くから参加してくれるウォーカーたちに、別の道も歩いてもらおうと「修験のみち」ウォークが2日目に設定されていました。月山、湯殿山を含めた出羽三山の1つ「羽黒山」の麓が起点です。
 大型台風が日本を縦断するという2017年9月17日は、朝のうちは日がさし、東からの涼しい風が吹くウォーキング日和でした。山伏の“ほら貝”を合図に、スタートしました。 宿坊が並ぶ街道を15分程歩いて山門をくぐります。やや下りの石畳みを歩くと、杉林の中の国宝の五重塔が見えてきます。そこから、見上げるような杉の大木が並ぶ、2446段の石段をゆっくりゆっくり登りました。ウォーカーたちも最初は勢いよく登っていましたが、息が切れてしまい途中で立ち止まる人が見られました。私も登り切れるか心配でしたが、水分補給で途中1回休んだだけで登り切ることができました。羽黒神社を参拝後、名物“玉こんにゃく”が振る舞われ、そこから8qと20qとに分かれて歩き出しました。
 夕方から台風が襲うという前に、歩き終わり雨の降る東京へ帰ることができました。

  

                   山伏のほら貝       石段を登る

 
 


『2017・9・16 里山あるき』
 20年ぐらい前、山間にある温泉場を起点として農道や登山道を周回する「里山あるき」を楽しみましょうと呼びかけました。人が住む気配が感じられ、しかも自然に触れあえることができ、歩き終わったら温泉でゆっくりくつろげるウォーキング・イベントです。当初は、全国5か所の温泉場で行われました。しかし、その後いろいろな事情があったのでしょう、ほとんど止めてしまいました。その中で、山形県鶴岡市では、毎年続けてきました。そして、2017年9月16日、20回という節目となる大会が開催されました。
 地元の人に加え県外から、過去最多となる500名近い人が参加しました。江戸時代幕府の天領として造り酒屋が軒を並べていたというまち「大山」を中心として、熊が棲むという高館山自然休養林、野鳥観察ができるラムサール条約登録地の上池・下池を20q、8q、5qに分かれて歩きます。
 今でも4つの蔵元があるせいでか、大山保育園では園児たちに空の酒樽を2本の棒で打つ練習をさせています。日ごろの練習の成果の発表を兼ねて、スタート前に44名の園児たちによる応援の樽叩きがありました。歩き終わると大山コミュニティ・センターで、地元のボランティアによって豚汁が振る舞われ、みんなで車座になって昼食を摂りました。「大山」近くの「湯野浜温泉」からは、台風前の波のない日本海の夕焼けがきれいでした。

   

      園児の樽太鼓             豚汁で昼食          きれいな日本海の夕焼け

 
 


『2017・9・9 100歳までウォーキングの会』
 「水中ポール・ウォーキング研究会」の開催に合わせて、ほぼ7年間継続してきた「100歳までウォーキングの会」の体験旅行が、長野県上田市鹿教湯温泉で行われました。会員のほとんどが、股関節に不具合を有する人たち42名で、平均年齢が70歳を越えています。しかし、とても意欲的で、2017年9月9日の午後、斉藤ホテルの室内温泉プールで、水中ポール・ウォーキングの指導を受けました。プールへ入る前には血圧測定を行い、高めの人には医師や理学療法士が注意深く見守ります。25m3レーンのプールは、介護する人を含めポールを持った人たちでいっぱいになりました。水の中でしかも両手にポールを持つお陰で、からだが安定して下肢に障害があるのを忘れたかのように元気よく歩いていました。
 10日の午前は、障害の程度によって、500m、1000、2000mを目標に3つの組に分かれて、ホテルの周辺の渓流沿いの森の中の道を文殊堂というお寺まで、車いすの人も交えてポールを持って歩きました。天気も良く、気持ちの良い森の中の空気に触れながらとてもうれしそうでした。お世話する人たちは大変ですが、こういった機会がなければ、仲間と一緒に出かけられない人たちにとっては、かけがえのない旅行であったでしょう。
 10日は、4つの講演と一般発表が行われました。私は、「水中運動と脳血流量」と題して、今年外国で発表された研究を紹介しました。同じ運動なら、水中の方が脳への血流量が増えるという結果で、認知能力の低下や認知症の予防に効果がある可能性が高いという内容を話しました。

  

            ポール・ウォーキングへ出かける       水中ポールウォーキング

 
 


『2017・9・2 韓国釜山市訪問〜その3「釜山観光と講義」』
 朝から快晴の下、釜山の観光に出かけました。まず、今年出来上がったという海上を渡るケーブルカーに乗って、釜山最初の松山海水浴場を眺めました。終点からは、松山スカイウォークと呼ばれる遊歩道が崖に沿って伸びていました。出発地に戻り、そこにも海に延びる遊歩道がありました。週末とあってたくさんの人たちが楽しそうに歩いていました。
 昼食は、有名なチャガルチ市場で、魚と野菜が入ったみそ汁と揚げた数種類の魚を食べました。その後、海から釜山を眺める遊覧船に乗り込みました。湾内の波は静かでしたが、沖に出るとうねりが大きくなり釜山港へは行くことができず、引き返してしまいました。
 夕方4時から、40〜50名ほどの教員、大学院生を相手に講義を行いました。事前に渡しておいたスライドを、ハングル語に翻訳してくれていたので、よく理解できたようでした。終わって3名の学生から的確な質問がありました。
 講義終了後ただちに料理屋へ移動しました。10数名の学生たちが、私の誕生日を祝って韓国語でハッピイバースデイの歌を合唱し、私はケーキに刺した8と1のローソクの灯を吹き消しました。これまでにない誕生日を祝ってもらいました。

  

                      講演          市場

 
 


『2017・9・1 韓国釜山市訪問〜その2「慶州観光」』
 釜山から北へ100q程離れた新羅時代の中心であった慶州市へ、大学院長自らの運転で観光に出かけました。356年から935年の間栄えた都であったと伝えられていて、初期の時代の古墳群があります。その一つは内部が見られるようになっていて、“天馬塚”と呼ばれています。発掘された金冠などが展示されていました。
 近くの“吐含山”の頂上近くにある石窟庵では、東洋一美しいといわれる釈迦如来像を拝みました。日本海を見下ろし、東に向かって座す純白の石仏像は、世界遺産の一つになっているのもうなずける神々しさでした。近くで豆腐に“えごま”の種をつぶして煮た熱い汁がメインの昼食をご馳走になりました。
 帰路は韓国の三大寺院と呼ばれる禅宗の総本山、“梵魚寺”へお参りしました。本堂では入れ替わり立ち代わり、信者たちが熱心にお祈りしていました。夕食は、定番の美味しい焼き肉で満腹。

  

                       天馬塚          豆腐料理

 


『2017・8・31 韓国・釜山市訪問〜その1「東亜大学講演依頼」』
 「Medical Walking」という書籍を2013年10月に私が監修し、南江堂から出版しました。医師、研究者、理学療法士30名が分担執筆した本格的な専門書です。韓国の東亜大学の大学院長(大学のすべての研究科を統括する)朴相甲先生が中心となって、この書籍の韓国語の翻訳が完成したので、韓国版の序文を寄せてほしいとの依頼を受けました。
 その際、大学院の学生への講演とともに、夫婦で釜山旅行を楽しんでください、という誘いを受けました。これからはもう夫婦で海外旅行はできないかもしれないと、誘いを受けることにしました。7年前に同じ大学で「運動能力に関連する遺伝子のはたらき」と題しての講義をして以来です。2017年8月31日小雨降る中を、成田発の直行便で出かけました。発着とも約1時間遅れましたが、空港には2名の学生が待っていてくれました。空港から大学までの幅広い道路に沿って緑の並木が続き、その中に点々と、真っ赤な百日紅の花が見られ珍しく感じました。

 

                         Medical Walking

   



『2017・7・23「文京朝顔・ほおずき市」』
 7月末に自宅近くの小石川界隈で開催される「文京朝顔・ほおずき市」へ、毎年行くことにしています。2017年7月23日の朝9時ごろ出かけました。すでにたくさんの人たちで伝通院境内はにぎわっていました。参道に並べられた朝顔の鉢は1個1800円で、地元の町会と学生のボランティアたちによって販売されていました。
 伝通院から善光寺坂を下りると、“こんにゃくえんま”として有名な源覚寺です。ここでは、ほおずきが販売されていました。ところで、源覚寺は、「目を患った老婆に閻魔様が自分の右目を与えて治し、老婆は好物のこんにゃくをお礼に供えたといわれています。以来眼病治療祈願に訪れる人が絶えず広く信仰を集めています。」と紹介されています。目の手術を受けようとしているので、無事治るようにと念入りにお参りしました。

 

                           伝通院参道

   



『2017・7・16「不忍池の蓮の花」』
 運動不足を解消させ、認知症の発症を遅らせようと、同居している娘が時間のあるたびに興味を引きそうな場所へ母親を誘い、歩きにでかけます。2017年7月16日、不忍池まで蓮の花が咲きだしたので見に行こうといわれ、朝9時前に私も一緒に出かけました。小石川の台地から、坂を下り本郷の台地へと上ります。東大の教員をしていたときの通勤路です。ところどころで新しく建て替わった家を確めながら、およそ30分で正門前に着きました。時計台を正面に見てイチョウ並木を抜けて、病院の脇を下りると不忍池です。
 午前中とはいえ30度を超える暑い中、かなりの人が蓮の花にカメラを向けていました。池の端をぐるりと半周して広小路へ、バスで帰宅しました。歩数、約8000歩とやや長いウォーキングでした。

     

              開ききった蓮の花            池一杯に蓮

   



『2017・7・12「北海道の釣り三昧」』
 20年近く北海道で、毎年釣りを楽しんできました。北海道各地で健康指導をしている五十公野さんの仕事に合わせて、行くことにしてきました。昨年は都合が合わず実行できませんでした。今年は2年ぶりでしたが、80歳を越えて最後になるかもしれないという思いもありました。教え子の信州で温泉ホテルを経営している、釣り好きの齋藤さんを誘いました。
 2017年7月12日9時ごろ女満別空港で落ち合い、まずサクラマス(釣ってはいけない魚)がたくさん上るので有名な斜里川へ入りました。サクラマスには出会いませんでしたが、まあまあの釣果でした。その後、裏摩周と呼ばれる展望台に立ち寄り、根室海峡へそそぐ西別川の上流へ行きました。水にゆられる梅花藻が流れる渓流を50mほど釣り下がり、直径5mにも満たない滝つぼへ出ます。大げさに言えば、日本一たくさん天然の魚が棲むところです。期待通り、25〜30pのヤマメ、ニジマス、イワナ、オショロコマが、次々と釣れました。およそ60分で30匹を超え引き上げました。標津にある、温泉のあるビジネスホテルで宿泊。北海道でしか食べられないものを用意しておいてと頼んであった、居酒屋で夕食を取りました。海の幸はもちろん、美味しく調理された熊や鹿の肉、山菜の料理でした。
 次の日は、渓流釣りと熊が出没するので有名な忠類川へ入りました。熊が怖いので、河口に近い川幅の広いところで、ヤマメが数匹釣れました。右手に北方四島を眺めながら、さらに北上して、名前の知らない川へ入りました。堰堤があり、鮭が遡上する魚道のある人工の深みでも入れ食いでした。川釣りを満喫した後は、羅臼漁港で海釣りです。カレイが釣れるということでしたが、その他のいろいろな小魚も釣れて楽しむことができました。
 3日目は、午後の便で帰京なので、本格的な釣りは止め、秘湯として有名な養老牛温泉近くのカラマツの湯へ行きました。温泉につかりながら、傍を流れる小川で釣れます。斎藤さんは初めての経験で大喜びでした。帰路、斜里川の上流にある“サクラの滝”へ寄りました。たくさんのサクラマスが次々と跳躍して滝を遡上する姿は壮観で感激しました。  全行程300q、北海道は広いという実感と、魚が依然として豊富にいるのに満足でした。ただ、一度足を滑らせ転んでしまいました。幸い怪我こそしませんでしたが、もう来れないかと一抹の寂しさを感じました。

     

          まさに渓流      齋藤さんが釣った40pのマス        露天風呂から釣る

   



『2017・7・10「孫の野球試合」』
 かつてほとんどすべての少年があこがれていたのは、甲子園で行われる夏の高校野球でした。ところが、最近ではサッカーその他のスポーツが人気を博するようになり、加えて少子化の影響もあって、野球に興じる少年の数は減少しつつあります。そこで、主催者の1つである朝日新聞は、超高校生と呼ばれる清宮幸太郎選手の活躍ぶりを報道したり、東京大会出場校とチームのメンバーの名前を掲載したりして、挽回を試みているようです。
 孫は高校へ進学して、人数が9名に満たない野球部へ入部しました。人数が足りない高校が合同して、チームを結成し参加することが認められていました。それほど抜きんでた技量があるわけでもありませんが、幸い1年生から3年間夏の東東京大会にレギュラーとして参加できました、1年、2年と1勝できました。今年は3校合同となり、主将として30度を超える中、江戸川球場で板橋高校と対戦しました。
 私にとって2度とないことなので、応援に行きました。守備の乱れから得点を重ねられ、7回コールド負けでした。本人の空振り三振でゲームセット、悔しい気持ちが残ったことだと思います。スポーツに負けはつきものですが、一生の思い出として残ることでしょう。

     

            3番打者、構えて〜          打った!        紹介記事

   


『2017・6・30「祝賀パーティ」』
 5月12日の日記に、瑞宝中授章が授与された経過を記載しました。2017年6月30日に東京大学教育学研究科の現役の教員たちが、日本水泳連盟、日本ウオーキング協会など6つの民間団体に呼びかけて受賞記念祝賀会を開き、リーガロイヤルホテル東京の3階の宴会場に、嬉しいことに200名を超える大勢の人たちが集まってくれました。
 私の在職中は大学院生であった小玉重夫東京大学教育学研究科長が開会の挨拶をされ、来賓挨拶として、メダリスト竹宇治(田中)總子さんが、競泳選手の強化トレーニングを手伝ったときのわたしの印象を紹介されました。続いて、財団法人健康・体力事業財団理事長の下光輝一東京医大名誉教授が、30年ぐらい前にアメリカスポーツ医学会での私との出会いを話されました。そして、整形外科学特にリハビリテーション専門の矢野英雄冨士温泉病院名誉院長が、短い挨拶の後乾杯の音頭を取り、会食、歓談に移りました。
 歓談中は大型スクリーンに、スキー、釣り、水泳の動画と、出版に関わった数10冊の本の表紙を順次映写して、参加者に見てもらいました。ショートスピーチは、初めての教え子であった元シンクロナイズドスイミング委員長金子正子さん、夫婦が東大水泳部出身という仲人をした風木淳官房参事官、日本女子体育大学の定本朋子教授から、それぞれ戴き、最後に現在かかわっている大規模な低酸素トレーニングセンター(HAT)の概要が、プラネット社平松忠敏代表から紹介されました。
 会の終りに際し、私から“叙勲は死の崖淵に立つ者を後ろから追いやるものである気がします”と話しはじめ、高齢者人口の増加がもたらす問題などを続け、締めとして“お世話になったことを感謝します”とお礼を述べました。言い忘れたことは、憲法14条に記載されている「勲章その他の栄典の授与はいかなる特権も伴はない。栄典の授与は受ける者の一代に限りその効力を有する」という文言を紹介することでした。「だから、私の死後は、壇上に飾ってある章記と勲章は、燃えると燃えないものに分別して棄てられるでしょう」と付け加えたかったことです。武藤芳照元東京大学副学長が閉会の辞を述べ終了しました。感謝!

     

            開会の挨拶           勲記と勲章        お礼の熱弁をふるいました

   



『2017・6・25「ノルディック・ウォーク鶴岡」』
 19回目となる「国際ノルディック・ウォークin鶴岡」が、2017年6月25日に開催されました。2本のポールを持ってのウォーキング大会発祥の地とあって、県外から40名超えるウォーカーが参加するほどの盛況でした。砂浜と防砂林の中を歩く3q、7q、13qの3つのルートを、10時から順次スタートし、11〜12時にフィニッシュしました。購入した手づくりの“だだちゃ豆入りおにぎり”、あるいは、持参した弁当と、無料で振る舞われた豚汁で、楽しい昼食・交流会でした。
 この大会は、公益社団法人地域社会振興財団の交付を受けて、「長寿社会づくりソフト事業」の一環として行われました。当日には、同じ事業の1つである「早朝水中健康ウォーキング」という1周70mの流水プール内のウォーキングを中心とした運動教室も実施されました。6時30分からストレッチング・エクササイズをした後、約45分間流れに乗って歩くのから、流れに逆らって歩くというかなりきつい運動まで含まれ、7時30分に終了します。月2回の頻度で12回行われるこの教室には、予想を超える比較的若い中年の人たち50名が申し込んでいます。
 前日には、地元の指導者を増やす目的で、水中ポールウォーキングの講習会が開かれました。下肢に障害がある人、足腰の弱った老人むけのこの教室は、水中で浮くポールを使って歩くのに加えていろいろな運動ができます。今後さらに高齢者が増える中で、普及していくと期待しています。
 なお、光栄なことですが、このような種々のウォーキング・イベントが開催されたのを期に、市長を中心に歴代のスポーツ課長や運動指導者が30ほど集まって、瑞宝中授章を受けた私に対して「お祝いの会」を開いてくれました。

     

            砂浜を歩く         円形プールでのウォーキング   水中ポールウォークの指導

   



『2017・6・8「IVVオリンピアード第15回大会(その2)」』
 3日目は、中層のビルが立ち並ぶ旧市街地を通り抜け、モーゼル川を渡って下流にむかって歩き、別の橋を渡って市街地に戻り、ライン川にかかる空中ケーブルに乗って高く聳え立つ古城まで行きました。城址は芝生が広がる公園となっています。そこから、城壁にそって急坂を一列になって下りました。川岸から渡し船に乗って元に戻りました。ちょうど昼時でしたので、ソーセージをつまみにビールを飲み一休みしてから、フィニッシュしました。
 4日目は、6qのウォーキングルートを歩くことにし、途中でちょっと寄り道をして泳ぐことにしました。プールは屋外の50mで、20度ぐらいの冷たい水の中をで泳ぎました。規定の最も短い3往復300m泳ぎ、震えあがって止めました
 5日目は、晴天となったので再び水泳に挑戦。前半は古い街の中を歩き、渡し船でライン川を渡って5q程歩きプールへ着きました。土曜日で晴天とあって一般市民が、日光浴をかねてたくさんいました。欧州の人たちは、大人も子どもも、平気で泳いでいるのには驚きました。今日こそはと5往復500mを泳ぎ、まあまあ満足でした。  17時から閉会式。今年から2年に1回開催されるIVVオリンピアードに5回、10回、15回参加者を表彰することになって、6名が30年間休むことなく15回参加が認められて表彰されました。みなさん70歳以下のようですから、実に40歳ころから続けていたということでしょうか。驚異というしかありません。私は5回と10回参加の認定書をもらいました。60歳からはじめて、80歳までよくも歩いたものだと感慨無量でした。

   

                空中ケーブルで古城へ             水中プール            認定証10km

   



『2017・6・6「IVVオリンピアード第15回大会(その1)」』
 IVVオリンピアードの第15回大会が、ドイツのコブレン市で、2017年6月6日から10日までの5日間開催されました。国際市民スポーツ連盟(IVV)発祥の地ということもあって、ヨーロッパはもちろんアメリカ大陸、日本、韓国、中国などのアジアの国々からたくさんのウォーカーが参加しました。
 初日は14時から17時まで、各国の代表者が集まり再会を祝してワインとビールで乾杯。その後、それぞれの国旗の下に各国からの参加者がパレードし、ライン川とモーゼル川が合流するドイツのEck(三角形)と呼ばれる公園に集合しました。日本からは50名ほどの人たちが元気に参加しました。
 2日目は、5,10,20,30qとマラソン42qが、朝6時からスタートし、最終フィニッシュは18時と、参加距離にあわせて、それぞれに歩き出しました。5qは1箇所、10qは2個所、20qは3個所でそれぞれ通過の押印をしてもらい、フィニッシュすると完歩の印を押してもらいます。スタート時に押印してもらう日本とは、ちょっと違ったやり方でした。私は時々強い雨と風の吹く中、ライン川を渡って対岸の丘陵地帯の森の中を歩き、再び橋を渡ってライン川沿いの菩提樹の並木道をフィニッシュまで歩きました。

  

                           フラッグパレード                菩提樹の並木道 

   



『2017・5・12「叙勲 勲章伝達式」』
 平成29年春の文部科学省関係の「叙勲 勲章伝達式」が、5月12日真夏を感じさせる晴天の日に挙行され、配偶者とともに出席しました。会場となる国立劇場の1階に受賞者が指定された席に着き、配偶者は2,3階から見守るという形式です。国家斉唱の後、旭日及び瑞宝中授章、小授章、双光章、単光章の代表者8名に、大臣から勲章と章記が手渡されました。祝賀曲奏楽の後、大臣から挨拶、受賞者代表の返礼があり、30分間の式が終了しました。その後、各受賞者へ箱に入った勲章と筒に入れられた章記とが手渡されました。
 昼食は、自分たちで持ち込んだおむすび、サンドイッチを、フロアの椅子や観客席で摂り、皇居へと一斉に出発しました。受賞者約700名とその配偶者たちですから、30台の大型バスに分乗しての移動でした。皇居では「宮殿 春秋の間」で天皇陛下の拝謁です。代表者のお礼の詞に対して陛下から短いねぎらいの言葉が述べられ、その後受賞者と配偶者の間をゆっくりと会釈しながら歩き退室されました。そして、グループごとに記念撮影が行われ、バスで東京駅まで運んでくれて解散でした。
 伝達式、拝謁そのものは短い時間でしたが、大勢の出席者がいたため、待ち時間が長く、11時から17時ごろまでの6時間、とてもくたびれたというのが、言葉通り“有難い”という実感でした。

  

            大臣からの勲章授与式                     思いの外重い、有り難き「勲章」    

   



『2017・5・8「毎日が日曜日?」』
 80歳を過ぎて、そろそろ定期的な仕事から離れようかと考え始めました。すでに、私の友人たちのほとんどは、仕事を止めていますので、どんな毎日を送っているのか興味あるところです。今年の春の連休に約2週間、試しに東京を離れ信州で生活することにしました。4月26日から5月2日までの前半は私独りで、3日から8日までの後半は連れ合いと一緒での自炊生活です。前半は、渓流釣りに励みましたが、魚は釣れず山菜採りに終わってしまいました。後半は、周辺のいたるところに咲き乱れる花々を、そして日に日に緑が濃くなっていく山脈を眺めて過ごしました。渓流釣り、里山歩き、山菜取り、広場でセルロイド製のボールを打つゴルフの練習、室内温泉プールでの水泳など、運動が主の生活でした。
 とにかく、今の生活は、運動することがすべて。毎日が日曜日、年齢を重ね動けなくなったらどうなるのか、考えようもないあきらめの心境です。

  

              しだれ花桃の木          シャクナゲ              

   



『2017・4・22「戴灯式」』
 「戴灯式」が、2017年4月22日首都医校講堂で行われました。200名近い看護学部2年生とその保護者たちに加えて、学生が実習で世話になる20近い病院の看護師の主任さんが来賓として列席しました。校長挨拶の後、学生たちはナイチンゲールの像からローソクの灯を戴き、誓いの詞を斉唱しました。
 ナイチンゲールがクリミア戦争に従軍した際、暗い病棟の中をローソクの灯で傷病兵の看護を行ったことに由来し、看護師を目指す学生たちがナイチンゲールの志をローソクの灯に託し看護の道に進むという決意を新にする儀式です。毎年、厳かに行われ、出席者の胸を打つ儀式です。患者に慕われる看護師になってもらいたいとこころから願うしだいです。

  

              戴灯式での挨拶                             戴灯式    

   



『2017・4・15「マスターズ水泳・習志野会場」』
 マスターズ水泳大会は、5歳きざみで記録が争われます。昨年は80〜84歳区分で私はもっとも若くなり、上位を狙ってトレーニングしました。しかし張り切りすぎて肩を傷め、思うようなレースができませんでした。今年は1歳、年を取り不利になりましたが、長野会場に続いて日本マスターズ短水路大会習志野会場に、2017年4月15,16日参加しました。結果は50m自由形1位、100m自由形2位でした。
 昨年に比べると、出場した自由形4種目すべてで記録はよくなっていました。不思議なことです。
25m 17:59→17:21、50m 40:23→38:64、100m 1:31:73→1:30:12、200m 3:24:32→3:22:42
 これからも泳ぎ続ければ、来年もよくなるかと思いましたが、しばらくは気楽に泳ぐことにします。

  

 習志野会場                     今年のメダル    

   



『2017・4・9「マスターズ水泳短水路大会」』
 往復の乗車券を購入、ホテルの予約も済んでいたので、脳に障害が見つかれば出場できないと心配していましたが、何事もなかったので「2017年日本マスターズ水泳短水路大会」に出場するため、8日の夕方長野に着き、友人たちと夕食を楽しむことができました。
翌9日10時から200m自由形です、長野に住むノルディック・ウォーク関係の人たちが応援に来てくれました。昨年は肩を痛めていたので3分24秒32でしたが、今年は1歳齢を取ったのですが、3分22秒42と2秒ほどよくなって1位でした。午後1時半からの25m自由形は昨年17秒59であったのが、17秒21とややよくなって僅差で1位でした。
看板をもって応援に来てくれた人たちが、私が優勝できたのに満足してくれて、本当によかったと感謝しました。

  

応援に駆けつけてくれた人達                  電光掲示板に1の数字        

   



『2017・4・5「救急車で運ばれる」』
 ほぼ50年、毎年受診してきた八重洲総合検診センターで、2017年4月5日朝から定期検査を受けました。東京駅へ向かう茗荷谷の駅構内で、歩くとなぜか左へ傾いていくので柱につかまりちょっと休みました。東京駅でも同じようになりました。ちょっとおかしいと思いましたが、採血などルーティン通りに検査を受け、最後に上部消化器を内視鏡で診てもらいました。胃には年相応の“びらん”が見られるが、“がん”はないと診断され安心しました。総合判定を医師から受けるまでの1時間、受付前の長椅子で待つことにしましたが、ちょっと疲れたので横になってもよいか尋ねたところ、ベッドが空いているのでそこで横になるようにと勧められ横になっていました。
 しばらくして、医師と看護士が脳梗塞の前触れではないかと心配して、順天堂大学病院の救急外来に連絡を取り、了解を得たので救急車を呼んでくれました。大げさと思いましたが、検診センターとしては当然の対応だろうと思い、従うことにしました。サイレンを鳴らしながら15分ほどで病院へ着き、すぐさま脳のMRI、CTの撮影を受け20分ほどで終了しました。とりあえず、緊急な手当は必要ないと診断されました。
 センターから連絡があって、連れ合いと近くに勤める息子、娘が並んで、心配そうにベッドを取り囲んでいました。まるで、臨終の前のようだと笑ってしまいました。1時間ほどで採血結果が出たので、私と家族を相手にコンピュータに映し出されたMRI、CTの映像を説明し、脳には異常がないから安心するようにとの診断が告げられ、無事解放されました。20000円ちょっとの経費を支払って、地下鉄で帰宅しました。思いかけず現実になるかもしれない擬似体験をしてしまいました。




『2017・3・18「雪上かんじきウォーク」』
 山形県鶴岡市の市民にウォーキングを勧めて25年が経ちました。「てくてく健康里山あるきのイベント」が年間25回開催されるようになって、市民の間にすっかり根づきました。25回のうち雪で歩けない冬季に、かんじきを履いての雪上ウォークが2回行われます。今年の2回目は、2017年3月18日、快晴の下湯殿山スキー場で開かれました。丸森山近くの日本海が眺められるビューポイントまでの標高差800mのうち、最初の700mまではスキーリフトで登ります。そこでかんじきを履き、100mほど登ります。雪のない時期はやぶで歩けないところを、ほとんど直登するという、脚の力と腕の力でストックを押して登るという全身運動で、しだいに汗がでてきました。しかし、かもしかや兎などの足跡が、雪原を横切っているのをときどき見かけ、自然の中を歩くことを一層楽しませてくれます。  帰路はスキーコースに沿って、標高差500m近くを下ります。距離約5q、2時間30分の雪の上のウォーキングでした。歩き終わって山菜とキノコの具の味噌汁とおにぎりの昼食、皆さん満足していました。  あくる日、20数年ぶりに蔵王へ出かけ、スキーに挑戦しました。2年ぶり80歳を超えてのスキー、くれぐれも無茶をしないようにと言われて家を出てきましたが、前日のかんじきウォークの疲れが残っていて、3度ほど転んでしまいましたが怪我することもなく帰京できました。

   

   かんじきを履く          ブナ林の中を歩く            雪上ウォーク急坂直登

   



『2017・2・16「八重山4島めぐり」』
 確かな治療法がまだわからない認知症の原因の1つが加齢であることは、疫学的調査で明らかです。高齢になればだれでも発症するとは限りませんが、ボケの状態になる確率は高くなるというのです。心臓に障害があって自分から外出をしない、結婚して50年以上になる連れ合いに刺激を与えようと、78歳の誕生日を迎えた2017年2月11日暖かい沖縄へ連れて行くことにしました。認知症の発症をできるだけ先へ延ばしたいと思ったからです。2泊3日旅費、宿泊費、食費その他すべて含んで、1人5万円というツアーに申し込みました。この金額なら可能な旅行です。介護係の娘と3人で行きました。
 石垣島へ着いた夕方、鍾乳洞内を歩く。2日目は、星砂の浜と古民家で有名な竹富島へ。その後、西表島へ渡りマングローブクルーズで仲間川を上り、樹齢400年という巨木のカキシマスオウノ木を見上げる。昼食後牛車に乗って由布島へ。咲き乱れるブーゲンビレアの鮮やかな花に感激。夕食後、港での海上に打ち上げられる花火のきれいさに驚く。3日目は、伝統の織物、黒真珠、石垣焼きの店々を回り、古民家を移築した“石垣やいま村”で昼食、グラスボートで海底のサンゴと魚が泳ぐのを見て、那覇経由便で帰京という行程でした。短い間にいろいろなものを見聞きしました。それらが、果たした本人に良い刺激となったのかわかりません。あるいは、多すぎて記憶があいまいになってしまったかもしれません。

    

     グラスボートに乗る前       魚をくわえたシーサー               星砂を探す                 水牛車

   



『2017・2・11「過労自殺」』
 アメリカスポーツ医学会総会は、2015年に疲労に関するシンポジウムを開催し、その内容が2016年の機関誌にまとめられました。それを読むと、疲労研究は、労働がもたらすからだの変調を明らかにするところから始まったといいます。その後“疲れ”を生むと思われる生理学的・生化学的仕組みが明らかにされ、“疲れ”の結果としての発揮される力、作業成績の低下は、数量化され明確にすることができました。ところが、“疲れ”が反映される“こころ”の状態を数量化することはできていません。
 わが国では、長時間労働を強いられたバスドライバーが事故を起こした、あるいは、会社員が自殺したという報道が昨年話題となりました。労働基準法違反で経営者が書類送検されたのです。ところで「労働基準法」では、労働時間の上限を1週40時間、1日8時間と決められています。なぜこのような法律があるのに守られないのか、疑問に思っていました。それがわかったのは、行政学の新藤宗幸氏の指摘で、「わが国では例外規定が設けられていて、それらを含めると労働時間は青天井となり、KAROSHIが国際的に通用するようになっているからだ」というのです。ところが、2017/2/11の朝日新聞に、労働時間を巡る規制緩和を盛り込んだ労働基準法の改正案が出されているという記事が掲載されました。その反対集会に、過労自殺した母親がメッセージを送ったと書かれていました。
 巷では、ワークライフバランス(仕事と生活の両立)が強調されています。また、政府は「働き方改革」を推し進めるというのです。なぜ、今の時代に規制緩和案が提出されるのでしょうか。新藤氏は、「働き方改革の基本は労働時間規制の強化」と述べています。私も、労働行政の怠慢といいたいのです。

           

              新宿の高層ビル街へ向かう会社員:往復3時間近くても、労働時間には入らない       朝日新聞の見出し

   



『2017・1・25「未来創造展」』
 「未来創造展」という聞きなれないタイトルです。私が所属する学校法人日本教育財団が運営する“首都医校”と姉妹校、“東京モード学園”と“HAL東京”の学生たちの発表会です。在籍する学生、その友人、父兄、そして関連する企業の人たち数千人が集まります。広い国立代々木体育館を借り切って、ファッションショウのできるステージを中心にいくつものブースがあって、それぞれのグループが創り上げた作品が展示されています。さすが、専門の学生が創り上げた作品、見応えがあります。
 2つの姉妹校は、新しいものを創る技術を身に着けることが目的です。一方の“首都医校”は看護師など医療関連の資格を取得するのが目的ですから、新作を発表するではなく、学んでいる最先端の治療の技術を披露します。
 今年は、首都医校が目指す「チーム医療」について、スポーツの現場で発生した事故に、迅速に対処し、治療し、リハビリテーションの後、現役に復帰するまでの経時的変化のデモンストレーションが中心でした。学生たちが専攻する医療技術を身に着けるとともに、隣接する分野の専門家と連携する重要性を認識する良い企画でした。

 

                            チラシ            真剣勝負の医療チーム

   



『2017・1・23「学校側の問題が未来を変える?」』
 1週間ほど前の朝日新聞2017/1・17(朝刊)の社説が気になっていました。「中学の部活動−先生も生徒も休もう」と題した内容です。「学校の先生の労働時間の長さが、大きな社会問題になっている。原因のひとつと指摘されているのが、部活動を指導する負担の重さだ」という主張。生徒が定期的に運動することは、健全な成長・発達に欠かせないものです。生徒は学校での部活動以外に、野球、水泳などのスポーツクラブでの練習に参加します。そして、3日運動して1日休み、2日運動して1日休むというのが、もっとも望ましい1週間のプログラムとされています。運動しない生徒の方が多い中、まず運動しない生徒へ運動実践を促すべきです。
 他方、部活動を一斉に週2日休んで、その分先生の負担を減らそうというのです。すべての先生が部活動の指導に当たっている、とは思われません。部活動の日数を2日減らして、先生の労働時間が望ましいほど低減できるのでしょうか? 健全な心身を保持する上で、先生が必要な休養時間を確保することは不可欠です。それを生徒の運動時間の短縮だけで補うで、十分なのでしょうか? 政府が進める「働き方改革」においては先生の仕事の内容を精査して、省くものは省く、それでも不足なら人員を増やすのがまっとうな方策です。
 この社説は、“二兎を追う者は一兎を得ず”、“あぶ蜂取らず”ということわざの戒めを理解していないといいたいのです。

 

                            

   



『2017・1・2「浅草寺初詣」』
 以前は、元旦に近くの「湯島天神」と「神田明神」へお参りしていました。ところが参拝する人がしだいに増え、行列をなすようになってしまいました。合格祈願の子どもたちと、商売繁盛を祈る大人たちです。最近は、この2つへのお参りはあきらめ、2日に「浅草寺」へ初詣を続けています。「浅草寺」も、最近は外国人を含め大勢の人たちが訪れるようになってしまい、午前11時には通行整理が始まり、雷門から本殿までの参道1本だけに制限されるようになっています。私の家族は、10時半に着いて参道の裏道を通ってできるだけ早く参拝を済ませるようにしています。
 もう夢が無くなったのでしょうか、私は特別なお願いはしません。前年に購入した「厄除御守護」のお札を返納し、縁があるようにと50円玉を投げて両手を合わせて御本尊へ頭を下げ、新しいお札を購入するだけです。それでも毎年お参りするのは、「浅草寺」へ行くという行為が、家族の厄除けにいささかなりとも役立っていると思って、安心するからでしょう。
 お参りをすますと、“花やしき”の横を通って、昔両側に映画館が立ち並んでいた通りを抜けて帰ります。10代のころよく遊びに来た、往時の繁栄ぶりを想い出し懐かしむからです。

  

                      御守護      お本殿前の行列        参道の人の群れ

   



『2017・1・1「80歳のランニング」』
 1月元旦早朝、皇居一周ランニングを始めて、ほぼ30年が過ぎました。6時15分に家を出て地下鉄「大手町駅」下車、歩いて5分程でお堀にでます。左回り約5qで一周です。今年も快晴。息子夫婦と7歳の孫、マラソン好きの娘と4人で走りました。走る能力があまりに違うので、マイペースで走ることにしました。走り通せるか不安でしたが、三宅坂までの緩やかな登り。2本の足が同時に宙にある時間はほんのわずかですが、とにかく走っているつもりです。たくさんのランナーにはもちろん、早足で歩く人にまで追い抜かれる始末です。ときどき“なんでこんなことをしているのだろうか”と思いながら、英国大使館前まで登りつめると、大勢の人たちが並んで初日の出を眺めています。桜田門まで来ると大手町のビル群が太陽の光を受けてお堀に照らされます。
 80歳になっても走れたと満足。約8000歩、1歩60pとして4.8q、50分そこそこでした。汗をかいて歩きながら、翌日2日からの“箱根駅伝”の中継スタッフが取材の準備をしている中を、「大手町駅」へ戻りました。何のために走るのか答えることはできませんが、毎年1回欠かさず走るしつこさに自分ながらあきれるばかりです。とにかく来年もまた走りたいと思っています。

  

                 三宅坂で朝日を浴びる      お堀に映るビル        走り終わって

   



『2016・12・9「新豊洲ランニング・ステーション」』
 豊洲市場への移転が決まらず、モノレール“ゆりかもめ”の新豊洲と市場駅周辺の空き地の整備が遅れています。その一角に陸上競技での世界のトップクラスのランナーであった為末大氏が建築計画を立てた、民間の60mのランニングトラックを中心にした室内運動施設の“オープニング・セレモニー”が、2016年12月9日に開かれました。テントづくり日本一の太陽工業が東京ガスから借地し、事業主となって完成したものです。太陽工業の執行役員能村裕己氏から招待を受けて出かけました。
 設立の趣旨として「誰もが分け隔てなく自分を表現することを楽しんでいる風景を作る」が掲げられていて、特に障がい者あるいはパラリンピアン向けの走能力の向上に役立つよう、車いす、義肢、義足などの改良や修繕を行う研究室が併設されています。また、子ども向け「かけっこスクール」を定期的に開催される予定です。
外からは金属製に見える長いかまぼこ型の建物ですが、内部に入ると天井と側面は二重の断熱素材を使用したテント張りで明るく、利用する人に気持ちよい環境です。現在のところ利用者は自家用車か、モノレールの駅を利用することになります。ちょっと不便なことが気になります。
 周辺が整備されれば周りもきれいになり、人がたくさん集まることが期待されます。特に、豊洲市場を取り巻いて一周5qの歩・走専用の幅7mくらいのロードが、ほぼでき上っています。市場の完成とともに開通予定とのことです。市場とは目的が違うものですから、切り離すべきです。そして、中断している工事を再開して、早期に実現させてもらいたいと思います。そうなれば、“ランニング・ステーション”の活用も高まるでしょう。

 

  ランニング・ステーション外観    ランニング・ステーション内部

   



『2016・12・1「冬の水中ポールウオーキング」』
 “自然に浮かぶポールを使って水中ウォーキング.より効果的に運動不足を解消できます”という鶴岡市のスポーツ課のチラシに、応募した比較的高齢の人たちを相手に指導しました。温泉を利用した広々とした“スパール”という運動施設は、寒くなって吹雪に襲われ運動不足になりがちな鶴岡市民にとっては快適です。
 プールの広さと用具の数に制限がありましたので、1回につき20名という制限がありました。2016年12月1日には16名、2日には12名の参加者がありました。両日ともあられまじりの小雨でしたが、温かいプールでは水中ウォーキングができます。水中でのストレッチングと、いくつかの歩き方を指導しました。特に、ポールを持って歩きながら、肩回りの筋肉、腰回りの筋肉の強化を図る歩き方、そして、心肺機能を活性化させる歩き方を強調しました。60分間歩き続けるにつれて、みなさんポールの扱いにもなれて、頬がややほてるようになり、満足そうでした。
鶴岡市ような寒冷地の冬では、降雪雨で道が滑るなどで屋外でのウォーキングはほとんど不可能です。その点、暖房のある室内スポーツ施設ではいろいろ運動ができます。中でも水中ウォーキングは適度な抵抗があって、運動効果は上がることが期待されます。特に、ポールを持つことで、スイミングと同じように全身運動となって効果はさらに高くなります。水泳のできない高齢者にも、独りでできる良い運動といえると思います。自分の体調と折り合いをつけながら、身近にあるスポーツを取り入れることをお勧めします。


 

 水中ポールウオーキングのようす  

   



『2016・11・30「初めての黒鯛」』
 平成4年から、山形県鶴岡市の市民のスポーツ振興事業を毎年手伝ってきました。鶴岡市は西は日本海、東は月山の挟まれた庄内平野にあります。趣味の釣りには絶好の場所です。春から夏にかけては渓流での岩魚釣り、秋から冬は日本海の磯釣りに、訪問するたびに寸暇を惜しんで挑戦してきました。得意とする渓流釣りは、いくつもの山々から流れ出る沢に入り釣果が無いということはありません。ところが、磯釣りは釣りの技術に加えて、季節、天候などが釣果を左右します。何度も挑戦しましたが、小魚ばかりでした。
2016年11月30日の午後、日本海の低気圧の影響で波が荒く、港の中での釣りとなりました。こませを蒔いて、竿を出しましたが当たりがありませんでした。3時間、冷たい潮風の中でしだいにからだが冷え切ってきました。置いておいた竿が急にたわみ、20pをやや超える黒鯛が上がってきました。釣ったというより、釣れてきたという感じです。初めての黒鯛、料理屋で塩焼きにして、おいしくいただきました。渓流釣りは岩から転落する、磯釣りは波にさらわれるという危険があります。これからあと何歳まで続けられるのか、気になり始めました。


 

                          黒鯛              焼いた黒鯛

   



『2016・11・27「東京ノルディック・ウォーク」
 第3回「東京ノルディック・ウォークフェスタ」が、お台場“シンボルプロムナード公園」を拠点に、2016年11月27日に行われました。午後から雨という予報でしたが、午後まで曇り空で、風もない晩秋のウォーキングでした。10q、5qのルートに加え、幼児、歩行困難者むけに1〜4qのルートが設定されていました。これまで以上に500人を超える人たちがストックを持って集まりました。スタートして直ぐに隅田川の河口に出ます。あいにく富士山は見られませんでしたが、対岸には大型クレーンが立ち並ぶ埠頭から、高層ビル街が眺められる広々とした風景が楽しめます。しばらく歩くとレインボーブリッジが目の前に迫り、人工の砂場のビーチバレー場では、大会が開かれていました。
 埋立地のため計画的に整備されている信号のほとんどない、安心して歩ける道です。老若男女の多くの参加者たちが満足そうでした。また、ボランティアに付き添ってもらい、知的障がい児や歩行困難者たちが、みんな楽しそうに歩いていたのが印象的でした。
フィニッシュして完歩賞をもらい、他の大会ではみられない大型レストラン街が近くにあり、多くのウォーカーたちが疲れをいやし、いろいろな昼食を楽しんでいました。

  

 隅田川岸へ出る       対岸の大型クレーン          一緒に歩いた妻と娘    

   



『2016・11・19「同期会」』
 学校で同じ年に一緒に学んだ人たちが集まるのを同期会といいます。今月2つの同期会が、続いて行われました。
 初めて教員を務めた東京家政学院大学の1期生が、卒業して50年が過ぎたので同期会をするので出席してほしいと連絡を受けました。2016年11月19日文京区にある東洋文庫オリエントカフェで、昼の12時から行われました。100名近い同期生のうち19名が参加、教師は私1人で、宮下先生を囲む会になったと笑って迎えてくれました。72歳の老女たちが、昔のこと、連れ合いのこと、孫のこと、健康のことなど際限なく話し合って、あっという間に4時間が過ぎてしまいました。名前はほとんど忘れましたが、しばらく話していると、18歳のころの顔が重なって思い出されたのには驚きでした。
 あくる日、東大の駒場キャンパスのファカルティハウスで昼の12時から、「31SII7組クラス会」が行われました。東大の教養学部へ昭和31年理科II類7組に入学して、60年前に一緒に学んだ80歳を超えた老人たちです。“ともかく生きていて何とか動けるうちに集まってお互い無事を確め会おう”と10年ほど前から毎年行われてきましたが、今年は予想以上の15名の参加がありました。理科II類からは、医学部、薬学部、農学部、理学部へ進学する人がほとんどで、私のように教育学部や工学部へは数人だけが進学しました。それぞれ違った分野で仕事をしてきたので、近況報告はとても幅広く興味を引く内容で、それぞれに質問が相次ぐほどでした。年齢を重ねてもなお知的関心の旺盛なことは変わらないようでした。

 

    東京家政学院大学1期生に囲まれて    昭和31年理科II類7組同期会       

   



『2016・11・16「駆けつけサービス」』
 「日本郵政グループは、来年2月にも、タブレット端末を使った高齢者向けの見まもりサービスを全国で始める。離れて住む子どもらとタブレットで連絡を取り合う方法を教え、子どもから“連絡が取れない”という報告があれば郵便局員らが駆けつける。」という報道が、2016・11・18の新聞に掲載されました。その3日前、高校時代からの親友の消息が絶えたとの報告を受けました。翌日、他の友人と住んでいた江東区のマンションへ出かけ、管理人に話を聞きました。驚いたことに、9月に郵便物が溜まったので、管理人から親族(姪と甥)に連絡し、警察官同行の下に部屋に入ったところすでに死亡していたとのことでした。いわゆる“独居老人の孤独死”です。
 携帯電話は持たず、おそらくタブレット端末など知らない老人でした。未婚で子どもがなく、遠い親族しかいない老人にどう対処するのでしょうか。日本郵政グループの“連絡が取れない”という報告があったら駆けつけるのでは、ほとんどの場合死の確認をするだけでしょう。このサービスはさらに考えるべきことがあるように思います。
 江東区では、登録した独居老人に対しては、サービスステーションから、職員が定期的に訪問し安否を確認しているそうです。登録がない人へも訪問サービスを実施すべきでしょうし、全国規模の警察組織も住民の安否に対して協力すべきだと思います。しかし、そのためには、人と費用がかかることになります。
 多くの老人は、“自分はぽっくり死にたい”といいます。私の友人もぽっくり死んでいたのです。





『2016・11・11「第3回アジアンピアード」』
 2年に1度、アジア市民スポーツ連盟(IVV-Asia)が主催する「アジアンピアード」が、台北市で2016年11月11,12日に開催されました。第1回は韓国、順天市、第2回が日本、東松山市で行なわれてきましたが、今回の第3回は日本、韓国、ロシア、スウエーデン、フィンランド、インドネシア、オランダ、ベルギー、スイス、アメリカ、カナダなど30か国以上の多くの外国人の参加を得るなど、盛大な大会となりました。国際市民スポーツ連盟(IVV)の会長、副会長も参加し、大会実行委員(中華民国山岳協会)宛ての第3回アジアンピアード開催への感謝状が手渡されました。
 大会に先立ち、オブザーバーとしてIVVの会長・副会長が同席する中、IVV-Asiaの加盟国の代表による総会が開催されました。過去2年間の会計報告があり承認された後、会長である私から次の3つの提案をし、すべて了承されました。
@ IVV発祥の地ヨーロッパでは、ほとんどすべての国が加盟していますが、アジアでは4カ国しかありませんので、他の国々への参加要請が必要であり適任者として、日本の藤本氏へ依頼する
A ロシア極東のウラジオストック市ではウォーキングが盛んで、これまでも韓国、日本へ大勢の人たちが大会に参加していること、逆に韓国や日本からも人びとが歩きに訪問している事実を考慮して、ウラジオストック市のウォーキングクラブのIVV-Asiaへの加盟を促す
B 第4回の「アジアンピアード」は、インドネシアのジョグジャ市で2018年11月に開催する

 大会の2日間は、快晴で暑い日差しの下でのウォーキングとなり、実行委員会から出発前に熱射病に注意するようという注意が、何度もくり返しアナウスされるほどでした。私は、初日10qのウォーキング、2日目5qのウォーキングと500mのスイミングに参加しましたが、とても疲れてしまいました。
 自分から提案し、2010年に創設されたIVV-Asiaの活動が、6年かけて軌道に乗ったことが確認できて大きな喜びを感じました。ただし、私も高齢になり、役職に就く適当な人物の養成を図り、交代を急ぐ必要も実感したしだいです。

 

    IVVからの感謝状がIVV-asiaへ    パレードに臨む参加国の国旗       

   



『2016・10・29「韓国国際ウォーキング・フェスティバル」』
 第22回目を迎える「韓国国際ウォーキング・フェスティバル」が、2016年10月29,30日に開催されました。ソウル中心街からやや離れた新興の“ガーデン5”という大型ショッピング・センターの広場がスタートとフィニッシュでした。0度近くなるとても寒い朝でしたが、両日とも日中は晴れて歩き出すとやや汗をかくようなウォーキング日和でした。韓国各地からたくさん参加されましたが、日本からの20名、ロシアからの3名、スイスからの2名と外国人が割に少ない国際大会でした。
 ルートは3日間とも、42q、25q、10q、5qの4つが用意されていました。私は2日間とも10qのルートを選びました。初日は川沿いのウォーキング・ロードとサイクリング・ロードが並行する専用の道を行き、家庭用の鉢に植えられた草木を販売する市場を、2日目は同様に最近建設された100階建てのタワーのあるロッテワールドを、それぞれ中間点とする周回路です。大都会のウォーキング大会としては、もっともきれいで安全に歩きやすい大会です。
 80歳になった私を、大会会長は心配したのか“赤十字”の腕章をつけた女性と一緒に歩くように手配してくれていました。横断歩道を渡るとき、階段や段差のあるところでは腕を取って歩いてくれました。お陰さまで安心して歩き通せましたが、私もつくづく老人になったのかという気分になってしまいました。
 初日は実測で12q、2日目は11qで、歩数は20000歩を超え3時間かけて完歩できましたが、脚の筋肉が少々痛くなりかなり疲れてしました。

 

 出発式での挨拶     歩道と自転車ロード    手助けしてくれた女性

   



『2016・10・20「ウォーキング・グランド・フェスティバル」』
 “歩く市民スポーツで人もまちも元気に!”というスローガンの下、金沢市は「ウォーキング・グランド・フェスティバル in 金沢」を、2016年10月20日から23日までの4日間開催しました。初日の午後、グランドフォーラム「ウォーキング・サミット」の第1部で、 “人はなぜ歩くのか?なぜ歩かなければならないのか?”という内容の基調講演を私が行い、最後に“だれでも安全で、楽しく歩ける道の整備が最重要課題である”と強調しました。その後、日本ウオーキング協会、日本市民スポーツ連盟、全日本ノルディック・ウォーク連盟、日本ロングトレイル協会、健康・体力づくり事業財団の各代表者が、活動の現況を紹介しました。続いて第2部では、石川県が進めてきた「歩育」の調査結果が紹介され、遊佐町、東松山市、北九州市、金沢市などの各地の活動が報告されました。そして、5つの基本理念と5つの運動指針の「子どもを輝かせる歩育・金沢宣言」を採択しました。
 2日目、3日目はこれまでの名称を変えて「金沢ウォーク」とし、金沢市を歩くイベントが行われました。特に、引率された保育園児120名が、元気に歩くのが印象に残りました。3日目の午後には、「全国ロングトレイルフォーラム」と「パーキンソン病とノルディック・ウォーク」という2つの集会が開かれました。前者には出席できませんでしたが、90名の参加者があり活発な話し合いがなされたと聞きました。後者は、専門医たちによって難病の特徴とリハビリテーションとしてのポールの使い方が解説され、パーキンソン病を患う2名の方がそれぞれの体験談を話されました。熱心に聞き入っていた500名近い出席者の中から、答えにくい質問が次々と発せられ盛会でした。その後、ノルディック・ウォークの体験会が行われました。
 最終日には、金沢市の隣の白山市の海浜公園で、ビーチ・ノルディック・ウォークが行われました。芝が敷き詰められた広々とした公園の周囲を歩き、砂浜に出ます。天気も良く、海は波もなく、青く広がった景色を見ながらの気持ち良いノルディック・ウォークでした。
 ウォーキングにかかわる歩育、町歩き、歩行困難者のウォーキング、長距離ウォーク(ロングトレイル)など、さまざまな催しをまとめた欲張りと思えるグランド・フェスティバルでしたが、大成功だったといえるでしょう。

 

  パーキンソン病とノルディックウオークフォーラム会場   同フォーラム参加者達        浜辺を歩く      3qに挑戦する子供たち

   



『2016・10・14「毛筆の里」』
 広島県安芸郡熊野が、日本一の毛筆生産量を誇る町だとは知りませんでした。100軒近い毛筆関連企業があって、700名ぐらいの町民が働いているそうです。2016年10月14日、その中で化粧筆に特化した化粧工房「晃裕堂」へ見学に立ち寄りました。私は知りませんでしたが、化粧する若い女性の間では知られている工房だそうです。
 工学系の技術者であった若い2代目社長は、アイディアマンです。製品に“カワいい”という付加価値をつけることによって、新しい顧客をつかむ作戦を立てていると強調されていました。その一つが、桃、オレンジ、ブルーベリー、レモンという果物をイメージした穂先、そして山羊の毛にそれぞれの果物が想像できる淡い色を組み合わせ、化粧用ブラシを生産しています。そして、海外への進出を図り、広島市で開催されたG7外相会議へ出席した人たちへプレゼントしたといいます。また、爆買いする中国人の中には数百個まとめて帰る人もいるといっていました。
 工房見学の記念に、ブラシを造り記念に持ち帰ってもらっていると聞き、挑戦しました。バラの花びらのように見える型へ山羊の毛をはめて、化粧筆を造ります。筆を持つ柄のところに、送る人の名前を彫ってくれます。妻、娘2人へと3個造りました。

 




『2016・10・10「政治家の葬儀」』
 加藤紘一さんは、数少ない政治家となった友人です。33歳で衆議院選挙に初当選して以来、77歳で亡くなるまでに、多くの人たちに名の知られるほどの政治家になりました。東京において自民党と加藤家合同の葬儀が行われましたが、仕事があって出席できませんでした。2016年10月10日山形県鶴岡市で、地元の人たち向けの「お別れの会」が行われると聞いて、以前から健康・体力づくりでかかわってきたところであることから出席しました。
 たくさんの人たちが列席する中で、5名の代表がそれぞれに、故人を偲んでの弔辞を読み上げました。やや長い弔辞でしたが、故人がたくさん業績を残したこともあるのでしょう、皆さんが聞き入るような興味を引く内容でした。
 葬儀の初めと終わりに、防衛省の儀仗隊による場内“儀仗”と場外“儀仗”とが行われました。本人が防衛庁長官であったことからでしょう。特に、葬儀場から遺骨を運び出すときは、多くの人が見守る中、会場の広場に整列した儀仗隊員による3発の空砲、続いて音楽隊による葬送曲演奏は、堂々と信念を貫き人生を歩んだ故人に相応しいものでした。

 




『2016・9・19「28回目の江東区「ウォーキング12週間講座」』
 平成元年から始まった江東区健康センターの区民むけ“ウォーキング12週間講座”の開講式が、2016年9月19日(敬老の日)に行われました。日本でもっとも長く続いている行政主催のウォーキング教室としてなんと28回目となる今年も、75名の人たちが集まって講座が始まりました。この間、健康チェックを担当する川久保清医師も、1回も休まず出席できたのは、私たちの日ごろからの摂生の賜物でしょうか、幸せなことです。
 最初のころは、私より年上の人たちが多かったのですが、今では私より若い人が多くなってしまいました。また、開講式での話も、ウォーキングを実践していけば血圧が下がる、体脂肪量が減少する、糖尿病は軽減できる、など医学的効用を説明するのが中心でしたが、この頃は歩く楽しみを味わう方法を解説するようになりました。そして、歩ける能力が身に着いたら、いろいろなところへ歩きに行きましょう。例えば、私の住む文京区は、江東区と違って坂があります。それも、江戸時代から名前のついた坂が113もあります。何回かに分けて、挑戦してみたらどうですかと誘ってみました。12週間が終了する12月には、一緒に歩き講座の効果を確かめたいと思っています。



2016・江東区講座





『2016・9・17「第5回ノルディック・ウォーク学会」』
 北海道での集中講義が終わったその日に、「第5回ノルディック・ウォーク学会」へ出席するため、千歳から羽田経由で大阪・伊丹へ飛びました。大会長を務められた辻文生先生は、「変わる世界、創る未来〜超高齢社会の救世主となる〜」という副題をつけて、2本のポールを持っての歩行をもっと広く普及させようというメッセージを述べていました。参加者は、250名と過去最大数となり、大変な盛り上がりでした。
 そして、最後のシンポジウムは、「ノルディック・ウォークの未来〜人の幸せとは?〜」という題で、異色の3名のシンポジストの発言は、大きな笑いをも誘い大好評に終了しました。また、懇親会には吹田市長、地元の代議士、国会議員が挨拶しました。このように、地元から大きな支援が得られ、吹田市はこの学会をきっかけにノルディック・ウォークがますます盛んになることでしょう。



ノルディック学会




『2016・9・16「北海道科学大学集中講義」』
 本年2月3〜6日に「北海道科学大学」において、ライフデザイン学部人間社会学科の健康スポーツ専攻の学生に対し「運動生理学」の集中講義を行いました。14コマの講義はすべてスライドに映し、そこに書かれた文章を書きとらせるという一方向の授業でした。
 今年度も同じ集中講義の依頼を受けました。昨年度の反省から、一方向のリスニングの講義に加えて、学生たちが自分たちの運動能力を測定し、その結果を分析するというアクティブ・ラーニングを実施することにしました。午前中の2コマは講義、午後の1コマは運動能力(走・跳・投)の測定、1コマはそれらの結果をノートパソコンへ入力、解析するように企画しました。各自のノートパソコンのエクセルに入力しタデータの分布、相関などを図にし、講義で得た知識を基に分析するというものです。
 成績判定は、講義についての5つの設問と測定結果についての5つの設問に答える内容としました。しかし、講義中に居眠りする学生が多く、内容を書きとめ理解したとは思われませんし、データを解析する能力も優劣があるようでしたので、最終日に設問を公開し答えをワードに書き込むよう指示しました。結果を担任の先生へ提出させましたが、その内容はほとんどできない学生から、きちんとまとめた学生までまちまちだったそうです。
 私の授業のやりかたがまずいこともありますが、学習しようという意欲が未熟なのが原因かもしれません。あるいはまた、私が高齢で、教師と学生との年齢格差が大きすぎるのも問題だと思いました。

北海道科学大学 2016 講義予定
9月13日
午前:リスニング 
1.体力測定と運動強度の測定
2.筋線維組成とその動員
午後:アクティブ・ラーニング
跳ぶ:1.垂直跳び(3回測定)(壁に紙を貼って、チョークでマークする)
結果の整理 @どのくらいのばらつきがあるのか?
      A回数を重ねると、結果はどうなるか?(高くなる、低くなる・・)
跳ぶ:2.走り幅跳び(3回測定)(マットに向かって跳ぶ:けがの無いように練習必要)
結果の整理 @どのくらいのばらつきがあるのか?
      A身長との関連は?(高い方が距離は長いのか?)
      B垂直跳びと走り幅跳びと相関はあるのか?
9月14日
午前:リスニング
1.エアロビック・エクササイズ
2.レジスタンス・エクササイズ
午後:アクティブ・ラーニング
投げる:1.オーバーハンド・スロー(全身を使って投げる)数回練習後1回投げる
使用するボール:メディスンボール、バスケットボール、サッカーボール、ソフトボール、硬式野球ボール、軟式ボール、卓球ボール(それぞれ、直径、重量を測る)
結果の整理 @ボール(大きさ、あるいは、重量と投げた距離との関係は?
      A個人差はみられるか?
投げる:2.座位でオーバーハンド・スロー(下肢を使わず投げる)数回練習後1回投げる
結果の整理 @ボールと投げた距離との関係は?
      A全身のときとの違いは?
      B全身のときと座位のときとの間に個人差があるのか?
      C通常練習している人は、特別な結果がでるか?
9月15日
午前:リスニング 
1.成長と巧みさの獲得と向上
2.からだによい 栄養摂取
午後:アクティブ・ラーニング
走る:1.50m全力走(タイム3回測定)→秒速に換算
結果の整理 @どのくらいのばらつきがあるのか?
      A回数を重ねると速くなる人、遅くなる人がいるのか?
      Bそれは、性格を反映しているか?
走る:2.5000m全力走(タイム1回測定、2500mでのタイムも測定)→秒速に換算
     (サッカーグランド8〜10周、コーナーにコーンを置く)
     (AEDを用意する:未学習であれば、練習する)
結果の整理 @どのくらいのばらつきがあるのか?
      A前半と後半のスピードでどのくらいの違いがあるのか?
      B違いの大きい人と小さい人の特徴は?
      C50m走のスピードとどのような関連があるのか?
      Dこれらの結果から、持久性のある人、瞬発性のある人と、判別できるか?
9月16日 
午前:分析結果の発表(5人程度のクラスに分ける。前日の終わりに、発表する運動種目を抽選で決める。結果の整理に加えて、生じた違いなどについて“なぜか”といった理由を考え述べる。

午後:レポート作成(課題:リスニングの内容といろいろ測定してみて、気がついたこと)

     
講義のようす



『2016・9・10「水中ポールウォーキング」』
 長野県の上田市合併10周年記念事業の1つとして、「新たな運動療法の可能性・水中ポールウォーキング」の体験会と研究会が、上田市の鹿教湯温泉で2016年9月10、11日に行われました。「信州うえだ健幸都市推進事業」としての位置づけです。体験会は「クアハウスかけゆ」と「斉藤ホテル」にある「室内温泉プール」で、研究会は「鹿教湯三才山リハビリテーションセンター鹿教湯病院」の講堂で、それぞれ行われました。
 今後とも高齢者が増えますから、ますます歩行が困難となる人たちが増加します。そのような人たちが、歩行能力を保持する、あるいは、運動することを楽しむために、指導者、研究者、医師たちは協力して工夫を重ね、どのようなポールを制作すべきか、どのように水中で運動させるか、試行錯誤をしているのです。日本には、たくさんの温泉場があります。そこに水中運動が可能な施設が造られ、温泉療法の効果を高める運動ができることを期待しています。


     
上田市合併10周年記念事業     水中ポールウォーキング体験会   




『2016・9・6「Intensive水泳」』
 17〜8年前に、バリアフリーの屋内温水プールの建造を、東洋英和女学院大学にお願いしました。当時としてはもちろんですが、現在でも日本一のきれいで使い易い施設(アクアエクササイズセンター)です。2016年9月6〜8日の10:30〜12:00に、集中して水泳練習する生涯学習講座を、4年ぶりに開催しました。50〜60歳代の女性11名が参加しました。
 センターの職員から次ぎのような手紙をいただきました。「受講生から、先生は難しいことは言わないのに、魔法のように上達でき泳ぐのが楽しくなった、と感想をいただきました。わたしも傍から見ていて、受講生のちからがうまく抜けいき、泳ぎがみるみるきれいになっていくのに感動しました。」
 残念ながら3日目は大雨で中止となりましたが、水中運動の科学を熟知し長い間の水泳指導の経験がもたらしてくれた成果かと満足でした。そして、経験を生かした高齢者のはたらきが、超高齢社会の中で世のために役立つという自信を持つことができたのが収穫でした。



東洋英和水泳教室




『2016・9・3「傘寿の会」』
 「本年9月2日、宮下充正先生が傘寿をお迎えになります。(中略) 傘寿という今では大して珍しくもないお年かもれません。しかし、ここに至るまで、特に60歳を過ぎますと、個人の素質、日々の生活態度など、それまでの勢いでは何ともならないものを感じたのは事実です。先生の傘寿のお祝いの席にて、傘寿まで元気で生きる秘訣を、お伺いしたいものと思い、このような会を企画しました。以下略」という発起人の案内状に応じて、主として東京大学ですが、その他の大学の卒業生、関連した企業、スポーツ団体などのいろいろな人たちが集まり、ダイワロイネットホテル銀座で、2016年9月3日に「祝う会」が開催されました。私の家族12名を加えて、140名を超える出席者数でした。
 来賓の挨拶の後、私は近況報告(首都医校での仕事、40年間の検診結果、水泳記録の低下傾向、歯の治療など)をしました。そして、「運動をすすめて五十年」という本を記念として手渡しました。
 教育という仕事にたずさわってきて、その教え子たちが中心となって大勢の人たちに祝ってもらい、自分の歩んだ道がよかったとつくづく感じたのでした。


 
      傘寿お祝いケーキ         運動をすすめて五十年




『2016・8・20「豊洲」』
 東京を中心に20年近く活動するウォーキング・クラブ「いちに会」の“薄暮ウォークそして暑気払い”が、2016年8月20日に行われました。およそ30名の会員が新橋駅から月島へ、さらに豊洲まで歩き、午後3時から「豚道楽」という大衆居酒屋で“暑気払い”するという計画でした。私は暑気払いには参加したいと、新橋から“ゆりかもめ”に乗って豊洲へ向かいました。というのも、2020東京オリンピックに向けて、3年ほど前から計画していた大規模な複合施設の中に「低酸素トレーニングセンター」(Hybrid Athlete Training Center: HAT)の建設が大和ハウス工業の出資によって決定したので、その予定地を見たいと思ったからです。 トレーニング場には50mのプール、柔道・レスリング、さらにバドミントン・卓球などの練習が可能なトレーニングフロア、各種トレーニングマシンを設置するジムが含まれ、すべて標高2500〜3000m相当の酸素濃度に保てるという世界で類を見ない大規模な施設です。場所は豊洲に近い、移転が決まっている築地魚市場に隣接する所です。現在は更地になっていますが、2019年に完成予定です。リオ・オリンピックも終わり、新たな目標を目指したトレーニングが開始される時期に、日本選手が利用しやすく、スタミナ強化に最適な「低酸素トレーニング」が実現できることを願っています。強化選手だけでなく、例えば、高所登山を目指す人にも最適と思っています。 もちろん、昔からなじみのある「いちに会」の皆さんと、生ビールを飲んでの“暑気払い”は楽しいものでした。


  
       豊洲          完成イメージパース      建設工業新聞の見出し




『2016・7・14「ジャパン・マスターズ」』
 33回目を迎える日本マスターズ水泳選手権大会が、千葉県国際総合水泳場で、2016年7月14〜18日の5日間開催されました。北海道から沖縄まで1309チーム、6115名の参加がありました。「タイムより 楽しい水泳 健康づくり」とか「いい笑顔 気力も充実 輝く高年」といったソフトなキャッチフレーズを掲げてはいますが、正式な競技役員がいて自動計測機で記録を測る、ちょっと緊張する大会です。レースは、男女別で5歳きざみで競われます。私は、今年80歳、80〜84歳区分ではもっとも若い年齢で有利なはずでした。
 初日は400m自由形(7:45:59)10名中4位、2日目は200m自由形(3:32:31)13名中5位、3日目は100m自由形(1:33:97)22名中4位、4日目は50m自由形(38:64)35名中6位でした。3位以内の入賞はできませんでしたが、4〜8位入賞で青銅製のメダルをもらうことができました。
 高齢者人口の増加にともない、生活の一部にして泳ぐ高齢者たちが増えているのでしょう。80歳以上の大会参加者も増え、記録もこれまで以上によくなっていていました。とりあえず、参加することに意義があるとし、満足でした。それに加え、泳ぎそのものは、きれいで素晴らしいと多くの泳ぎの玄人に褒められたことは、長年の研究の成果の一面をわが身をもって示せたのではないかと思っています。


 
   競技会場                    同じ色のメダル




『2016・7・12「地域医療振興」』
 ドラッグストアスギ薬局を、わずか40年で全国に1000店を超えるチェーンを築いた、愛知県西尾市の杉浦広一・明子夫妻が、公益財団法人杉浦記念財団を2011年に設立しました。
 わが国では、人類未曾有の超高齢社会を迎えて、「地域包括ケアシステム」の実現こそが、喫緊の課題となっています。そこで、杉浦記念財団では、医師、薬剤師、看護師などの医療従事者および介護福祉従事者などの多職種が連携して、「地域包括ケア」を実現しようとする活動や研究を助成します、という趣旨で13名の人たちが助成を受けました。
 他方で、地域医療を振興し、国民の健康と福祉の向上に優れた成果を収め、住み慣れた地域で安心して、その人らしく住み続けることを支援する活動を行った団体・個人の取り組みについて、その主体者である5つの団体・個人に振興賞が授与されました。(一社)全日本ノルディック・ウォーク連盟は、歩行困難者を含め幅広い国民の健康づくりに寄与してきたことが評価され、第5回杉浦地域医療振興賞を2016年7月12日受賞しました。
 ノルディック・ウォークの普及活動は、助成や表彰を受けた他の団体・個人とは、方法や内容がまったく違った実績でしたが、国立長寿医療研究センターや東京大学高齢社会総合研究機構に所属する権威ある審査員がその価値を認めてくれました。このことによって、改めて私どもが遂行してきた活動を誇らしく思うことができました。



杉浦記念財団受賞




『2016・7・10「同窓会」』
 同じ学校の出身者が集うのを同窓会、他方、同じ時期に学校で一緒であった人たちが集まるのは、同期(クラス)会と呼ばれます。65歳以上になるとクラス会を開くのが多くなるといいます。同じ年齢の年寄りが待ち合わせるので、直ぐわかります。新宿西口交番前には、昼ごろには何組かの人たちが挨拶を交わすのが見られます。
 両国高校水泳部の卒業生が集まる同窓会が、2016年7月10日「すみだリバーサイドホール」で開催されました。3時30分から整形外科医による「ロコモと骨粗しょう症」、開業医による「60歳からの手習いに、と始めたウィンドサーフィン」という講演が行われました。老化にかかわる話題でしたので、たくさんの質問と意見が交わされました。いろんな人がいて、面白い話が聞けてよかったです。しかし訃報の知らせもありました。当然ですが高齢者はしだいに欠けていきます。若い人への参加を呼び掛けてくださいと、会長として挨拶しました。
その後、隣にある22階建の展望ラウンジ「アサヒスカイルーム」で、飲み放題の懇親会が行われました。アサヒビールに就職している卒業生が手配してくれました。眼下に広がる隅田川と、日が暮れてからは最近見たことのない夕焼けを楽しむことができました。感慨一入です。


  
 隅田川一望         会長挨拶         東京の夕焼け




『2016・7・6「健康増進モデル創出プロジェクト』
 本年、長野県次世代ヘルスケア産業協議会が、「ポールを使ったウォーキングによる健康増進モデル創出プロジェクト」を結成しました。そのキックオフフォーラムが、2016年7月6日長野県小諸市で開催されました。日本の歩行用ポールを製造する企業は、長野県の小諸、佐久地区に3社あるだけです。それらの企業をより一層活性化させるとともに、平均寿命日本一といわれる長野県民の健康寿命が短いことから、平均寿命イコール健康寿命となることを目指すというのが趣旨です。それも、住民の関心が高い鹿教湯温泉を発信基地にしようというのです。キックオフフォーラムでの基調講演を依頼されました。そこで「ポールを使って鹿のように信州を歩こう」と題し、“鹿”にかけて、次のようにまとめました。
 「歩けるようになって成人になるまでは、ポールを持って歩く必要はない。しかし、超高齢社会となって、高齢者が増加するにしたがって、二足歩行が困難となる人が増える。その結果、医療費・介護費の高負担を招き、国家的な財政問題を引き起こしているのは周知の事実である。加えて、“独居老人、数日後に死亡が確認”、“老々介護、被介護者を殺害し介護者は自殺”といった悲しい報道が後を絶たない。
 歩かなければ歩けなくなる、歩けなくなれば寝たきりになる。だから、歩行困難となる高齢者に、2本のポールを持って歩く習慣を身につけさせることが、高齢者増加がもたらす諸問題の根源的な解決策であると主張したい。2本のポールを持って歩くとは、鹿のように四足歩行となり、下肢への負担を軽減させ、歩く姿勢が安定し自立して動くことができるということ。
 高齢者たちよ、他人に迷惑をかけないように、そして、残りの人生を楽しむために、四肢を使って野山に生息する鹿のように、信州を自由に歩こうではないか!」
 ポールメーカー関係者、県の工業振興にかかわる人、健康運動指導士、行政の健康福祉関連の人など100名を超える人たちの参加がありました。聴視者たちの反応から、講演した甲斐があった印象を受けました。



小諸2016  





『2016・6・26「ノルディック・ウォークin鶴岡」』
 今年6月から選挙権が18歳に引き下げられました。18歳の彼らが生まれた年に始まって18年目となる、「国際ノルディック・ウォークin鶴岡」が、2016年6月26日行われました。日本海低気圧の通過があって朝方まで激しい雨が降っていましたが、朝までには日差しが戻りウォーキング日和でした。「庄内浜と大砂丘のメロン畑を行く」と名づけられた新しいルートが設定されていました。庄内浜は日本三大砂丘の一つで、日本海からの強風に飛ばされる砂を防ぐクロ松林が、江戸時代から植えられているところです。宿泊施設や浴場がある「いこいの村庄内」にある芝生の広場がスタートとフィニッシュです。6qと12qの2つのルートが設定されていました。
 クロ松林を抜け、電車線路であった自転車ロードを歩き砂浜へ出ます。朝までの雨で砂浜がしまって歩きやすい浜辺でした。
 隣の新潟県ではノルディック・ウォーク連盟の支部を立ち上げるので、関係者が数人参加していました。また、石川県の支部長も、今年石川県でもビーチノルディック・ウォーク大会を開くので、宣伝を兼ねてきましたと挨拶されました。さらに、北隣の秋田県からも10名を超える人が歩きました。このように、日本海沿いに、ノルディック・ウォークが盛んになりつつあります。今回は驚いたことに若い人たちの参加が目につきました。若い人たちの間でも、おしゃれな服装でポールを使って歩くのが、一種のスポーツとして根づいてきたように感じました。


 
湯浜2016        浜辺を歩く





『2016・6・24「久しぶりの釣り」』
 趣味というものは、何歳になっても衝動的にしたくなるものらしい。高齢になると、足元がおぼつかなくなるので、手助けをしてくれる人がいないと釣りはできません。50年近く行ってきた釣りがどうしてもしたくなって、案内してくれる人がいる山形県の鶴岡市へ行きました。もちろん、市民が安全に気持ちよくウォーキングを実践できるルートを確かめるという目的も兼ねています。
 6月24日、梅雨の止み間の午後、庄内浜での海釣りをしました。情けないことですが岩場で滑って転落しないようにと、両手をつきながら先端へ行きます。鯛が産卵のため岸によって来ているとの期待をもって、小さなカニを餌に投げ込みます。見えにくい浮きがやや沈みますが、大きく引っ張り込みません。何回やっても同じ。おそらく小さなフグがたかって、食いついているのでしょう。4時間ぐらい粘って、獲物なしで諦めました。
 6月25日、曇り空のもと、大山川へでかけました。岸には草が身の丈ほどに延び、近寄りがたいほどでした。そこで、ところどころ竿が出せるところを探し、流れに餌を入れると18センチぐらいの丸々と太ったヤマメが釣れてきました。5〜6匹釣れたので、場所を移動します。流れのそばに葦が生えている浅瀬に、餌を入れるとこれまで以上の強い引き。数分粘って、釣り上げると28センチ近いイワナでした。さらに、やや下がったところでは、さらに強い引き。竿が満月のようにしなり、魚は川を上下します。逃がさないようにと、土手の上を小走りに上ったり下りたりしなければなりません。数分経ったので思い切って釣り上げました。生涯で1回か2回しか釣ったことのない37〜38センチの大イワナでした。
 その後、市民登山のルートを上りつめます。数年前までは、田んぼや畑であったとところは、放置されて荒れ果てています。過疎に悩む山村の状態を、身近に感じた釣行でした。


 
鶴岡で海釣り            巨大イワナ




『2016・6・4「孫の運動会」』
 日本の学校では、ほとんどで春か秋に運動会が行われます。外国では運動会を開く学校、開かない学校があるようです。ある調査によると、運動会を行う学校の子どもの体力は高い傾向にあるといいます。準備のために、ある期間運動する時間が増えるからだと思われます。
 文京区立第一中学校へは、3人の子ども、3人の孫が世話になりました。2016年6月4日運動会が開かれました。運動会ではクラス代表による中距離競走(800m)があります。30年ぐらい前、2人の子どもは2位でしたが、いま在学中の孫娘は、水泳練習をしているためか、トップでゴールしました。親は誇らしく思うでしょう。祖父としても嬉しくなりました。



13番、力走する孫娘





『2016・6・3「むし歯治療」』
 口の中をさっぱりさせるために、朝起きたときにだけ歯を磨いてきました。長い不摂生のせいでしょうか、70歳を過ぎるころから食べ物を奥歯で噛むときに痛みを感じるようになりました。テニス仲間の歯医者さんに、治療してもらってきましたが高齢で廃院することになり、東京医科歯科大学へ紹介状を書いてもらいました。早速、2015年9月に大学病院へ出向き、診断を受けました。驚いたことに、予約は7か月後ということでした。
 2016年4月5日に診療科“義歯”で初診を受け、全部自分の歯ですが、それらすべてをレントゲン撮影し、歯型をとりました。その結果、ほぼすべての歯がすり減っているか、欠けているので、1本1本うまくかぶせて、歯並びをそろえるという治療の基本方針が告げられました。その前に、“歯周病”と“むし歯”があるので、それぞれ“歯周病”と“むし歯”診療科の別の医師に、並行して診てもらうことになりました。治療が終わるのは、1〜2年先だろうとういう予想です。
 2016年6月3日、まず前歯の“むし歯”の治療を受けました。この2か月間で計5回の治療です。費用は合計2万8,440円、自己負担8,530円を支払いました。これから何10回通うことになるのでしょうか。いずれにせよ、しばらく歯の治療に専念すること、治療がうまくいったら、その分余分に生きようと思うことにしました。



何回通うのか





『2016・5・30「世話になった人の葬儀」』
 富士急行株式会社の社主で、自由民主党に所属し総務会長、通商産業大臣などを務めた堀内光雄さんが亡くなりました。最近まで堀内さんを中心にいろいろな職種の人たちと、年に2回ほど食事会やゴルフを楽しんできました。
 2009年には、私が組織委員長となって、第11回IVVオリンピアード大会を富士河口湖町、山中湖村を中心として開催しました。その際、富士急株式会社の協力を得て、IVV総会、歓迎会が「ハイランドリゾートホテル」で、盛大に行うことができて感謝しております。
 2016年5月30日午後、小雨降る中で堀内家、自由民主党、富士急株式会社による合同葬儀が青山葬儀所で行われました。故人の人徳でしょう青山墓地を取り巻く道は大勢の人であふれ、1時間40分待って焼香をすませました。
 菊の花で富士山を模った祭壇に、遺影が飾られていてとても感動的でした。帰りには、個人の略歴に添えて、富士山クッキーが手渡されました。合掌


   
  堀内さん             富士山クッキー





『2016・5・22「マスターズ水泳短水路大会:京都」』
 神戸での「ウォーキング学会」の次の日、マスターズ水泳短水路大会(京都)に参加しました。2016年5月22日、西京極にある京都アクアリーナで開催され、2000名を越える参加者がありました。結果は、50m自由形40秒23で3位、200m自由形3分24秒32で2位と、優勝はできませんでした。肩を痛めた後遺症でしょうか、とても残念でした。
 東京大学水泳部卒業生の2名の後輩が出場していましたが、彼らも2位でした。そのうち小田君と記念に写真を撮ってもらいましたが、年齢は私のちょうど半分の40歳です。理由はわかりませんが、高知の医学部へ入り直して6年生だそうです。
 今年の春季に行われた短水路の大会は終わりました。この5年間で、25mを除いて、水泳記録は、50mにつき4〜5秒遅くなっていました。メダルは、金、銀、銅それぞれ2個ずつ、加齢の影響は避けがたく不本意ながらも納得した次第です。
これからは、50mを60秒で泳ぐことに専念して、記録にこだわらないようにしようと思い、7月に予定されている夏の長水路大会へのエントリーは、余裕のある400mは8分、200mは4分、100mは2分にしました。


   
東水会メンバー           今回の獲得メダル





『2016・5・21「第20回日本ウォーキング学会」』
 柳本有二教授(神戸常盤大学)が組織して、第20回日本ウォーキング学会が2016年5月21日神戸海星女子学院大学で行われました。JR灘駅から六甲山脈にむかって坂を上る途中にあるミッション系の大学です。大学にある「聖堂」を会場にして、発表会が開催されました。
 "すべての人が参加できるウォーキングを目指して"というスローガンの下、一般のウォーカーも参加できるという企画のため、200名を越えるいろいろな人たちが集まりました。冒頭、学長による歓迎の挨拶、会長の開会挨拶の後に、学会創設時に会長を務めた私が、20回という節目の大会として、それまでの歴史を紹介しました。発足時にウォーキングに関して13の研究すべき分野があると、学会誌の創刊号に私は書き残しました。その中で、もっとも関心が深かった健康との関連では、多くの成果が残ったこと、その他、歩行困難者を支援するロボットHAL(hybrid artificial limb)の開発、人の歩行に似せたロボットの改良などが最近では盛んになったことを紹介しました。そして、ますます発展・普及するAI (artificial intelligence):人工知能の時代に、ウォーキングはどのような存在になるのか、今後の課題ではないかと思うと結びました。
 配布された大会プログラムの表紙は、歩くことが大好きというイラストレーター本山浩子氏の作品で飾られました。六甲山の山並み、海、そして、ノルディック・ウォークを楽しむ人たちが描かれた、きれいな絵でした。


   
   20回大会          学会プログラムを飾った表紙絵





『2016・4・24「水泳惨敗」』
 1年前にがん摘出手術を受け、体重は4s減少、速く歩けなくなり、筋力は低下、弱音を吐くようになり、日本老年医学会が規定した虚弱(フレイル)の5つの基準のうち4つが当てはまるようになってしまいました。
 ところで好きな水泳は、年齢別に分けて競うマスターズ大会があります。今年は80〜84歳区分でもっとも若くなるので、何とか頑張ろうかと1年間リハビリテーションに励んできました。そして、4月10日には2種目で1位となり、幸先よしと1500mへ挑戦するため、2016年4月24日三重県鈴鹿市の大会へ参加しました。久しぶりの1500mを泳ぐので、毎日100mを15回反復するという質、量ともに多い練習に励みました。ところが、2〜3日経過するころから左肩に痛みを感じるようになり、泳いでいるうちに左腕が水面から上がらなくなってしまいました。
 大阪で講演を行い名古屋へ移動で、大会前日は泳ぐのを休みにしました。当日、まず、ウォーミングアップとして25m自由形へ出場、40分間の休息を置いて1500m自由形です。スタートの勢いでゴーグルに水が入り周囲が見えなくなりましたが、マイペースで黙々と泳ぎました。ところが案の定500mを越えるころから、左肩が上がらなくなってきました。左手はターンごとにプールサイドを押します、また左腕を上げるときに呼吸をします。ですから、呼吸のたびに水が鼻や口から入るといったトラブルに悩まされるようになってしまいました。そのためターンのたびに、大きく口を開けて空気を吸い込むようになりました。しかし、やっとゴールしたときは、プールが深くて立つことができず、溺れてしまいました。何度も水泳のレースに出場して、まったくお恥ずかしい初めての経験でした。
 結果は25m2位、1500m3位と、惨敗でした。特に、1500mは5年前の記録より4分20秒以上も遅くなってしまいました。80歳近くなってのトレーニングのやり過ぎは、からだによくないことを思い知らされたのです。


   
    25mスタート        ターンのたびに大きく口を開けて酸素を取りました





『2016・4・16「戴灯式」』
 看護師養成学校で行われてきた「戴帽式」は、看護師志望の学生が2年生になるとき、改めて看護の道を進むという決意を新たにする儀式です。ところが、最近は男性の看護師志望者が増えたため、「戴灯式」と名を変えました。ナイチンゲールの像に灯されたローソクから、手に持った自分のローソクに灯し、ナイチンゲールの詞をみんなで誓います。
 2016年4月16日、首都医校の講堂で厳かに戴灯式の式典が開催されました。学生は131名で、保護者が170名とたくさん出席されました。日本看護協会から「一人ひとりの患者に寄り添い、痛みの声を聴き、ケアする看護師。そんな"看護の心"は、看護に携わる人だけでなく、この社会を生きる私たちに必要なものではないでしょうか」というメッセージが発信されています。この"看護の心"を受けて、私は次のような挨拶をしました。「心とは一体どういうものなのでしょうか?
 脳を構成する何百億という神経細胞は、何層にも階層が分かれ、ネットワークを形成しています。この物質である脳細胞のネットワークの中から、目に見えない心という不思議な"はたらき"が生み出されてくるのです。」「看護の仕事は、傷の手当て、採血、血圧を測る、脈をとるなど、特に手と指を使うことが多いでしょう。そこで、記憶した医学的知識を、それぞれの場合に応じ組み合わせて、適切な指示を手や指の筋肉へ伝え動かすことが必要となるのです。」「このときに、心が介入します。ですから、先に述べた看護の心が重要となってくるのです。看護師が、対象とする患者の痛みを無視したり、他のことに心を奪われていたりしているようでは、決して良い結果はえられません。」
 最後に「これから病院での実習、卒業試験、国家試験という関門が待っています。健康なからだと心をもって、輝かしい目標に向かってすすんでください」と締めくくりました。


      
    戴灯式での挨拶      ナイチンゲールの灯りをもらう           全員で誓う    





『2016・4・10「マスターズ水泳・長野会場」』
 体調を保持するために、1時間ほど定期的に泳ぐようにしています。そして、たまには、正式な水泳大会に出場して、記録や競争相手と競うことは、ちょっぴり緊張感を味わう機会になります。
 中高年齢者むけのマスターズ水泳大会は、5歳きざみで競うようになっています。私は、今年80〜84歳区分の最年少で、有利になります。他方で高齢になると競争相手も少なくなってしまい、優勝するチャンスが多くなります。4月と5月に日本マスターズ水泳短水路(25m)大会が、全国27カ所で開催され、だれでも参加することができます。この短水路大会へ参加しようと、1月ごろから練習に励んできたのですが、その成果を図るべく2016年4月10日長野市の市民プールで開催されたレースに出場しました。
 新幹線から眺めた長野は、ちょうど桜が満開で、リンゴ畑の木々がピンクに染まり始めていて、花見がてらでしょうか19の都府県から500名以上のスイマーが参加するというにぎやかなものでした。
 参加申し込みには、予想される自分の記録を添えて提出します。今回の25m自由形は18秒00でエントリーし17秒59、同じように100m自由形は1分30秒00で1分31秒73でした。順位はともに1位で金メダルを得ることが出来ましたが、記録は5年前に比べ25mで約1秒、100mで約10秒遅くなっていて、老いには克てないと実感しました。



2個のメダルを持って


25m記録

100m記録





『2016・4・6「首都医校・入学式」』
 開校以来「渋谷公会堂」で行われてきた首都医校の入学式が、自宅に近い文京区の「シビックホール」で、2016年4月6日に挙行されました。看護・福祉系の学校の増加によって、絶対数が減りつつある学生の奪い合いが熾烈になり、ここ数年入学生が減少気味でした。しかし、職場で活躍する卒業生が増え、口コミの宣伝が効を奏したのでしょうか、喜ばしいことに本年度の入学者は30%増えました。当日、次のような主旨の式辞を述べました。
「本校は、看護、医療情報、理学・作業療法、スポーツ、福祉、そして、東洋医学まで領域の異なる30近い学科から構成されています。特に、本年度には高度専門看護学科、歯科衛生学科、歯科秘書学科が加わりました。」「わが国の少子・高齢化は、さらに進行することが予想されています。そういった中で、医療・福祉分野では技術革新とシステム改革、そしてさまざまな個性を有するすべての人たちが満足するサービス体制が求められています。」「それらを充足させるため、自分の分野の知識・技能だけ修得するのではなく、隣接する他の分野の人びとと協調していく姿勢が求められるのです。それが"チーム医療"、"チーム福祉"と呼ばれるものです。」「本日入学した諸君たちには、率先して学び、新しい医療、新しい福祉を築く人物となることを期待しています。」
 数年後卒業し、国家資格などいろいろな資格を得て、それぞれの領域でのエキスパートとして、世のため人のためになる仕事を遂行してほしいと思います。



2016入学式

 式辞を述べる


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